脳天気にもホドがある

脳天気にもホドがある

2021年7月24日

「脳天気にもホドがある 燃えドラ夫婦のリハビリ日記」 大矢博子 東洋経済新報社

夫がご贔屓の書評家、大矢博子。彼女のブログを夫は毎日楽しみにしている。名古屋在住の、体をドラゴンズ汁が流れている、少なくとも45歳未満ではない女性。(今年が2010年でー、生まれたのが1964年だからー、0から4は引けないからー、10借りてきてー、みたいな計算をしないと自分のトシがわからない・・・そうだ。)

夫婦で「ER救急救命室」というドラマ(その日は、脳梗塞で半身麻痺になった人の話だったそうだ)を見ている最中に、いきなり夫がずるずる倒れ、脳だ!今まさにテレビで見ていたドラマと同じことが起きている、とすぐ救急車を呼ぶところから、この本は始まる。ふたりとも、ものすごく冷静だ。大矢は電話で現状や、家の前の一方通向の道路のことも説明し、夫は夫で「右、完全にフェイドアウトした」「大丈夫だから、落ち着いてね」「鍵、ちゃんと持った?戸締り、気をつけて」「病院、退屈だろうから、読みかけの鉄道本、入れておいて」などと口走る。(実際にその本を読めたのは、一ヶ月後になったそうだ。)

夫は一時、意識不明の重体に陥ったが、なんとか一命をとりとめ、失語状態と、麻痺してしまった右側のリハビリが始まる。

帯にこう書いてある。

本書は「リハビリより鉄道、介護よりドラゴンズ」という脳天気な夫婦の、発病から1年間のお笑いリハビリ日記です。愛と涙の闘病記には登場しないリハビリの実際と生活のドタバタについて、「こんなコトするんだ」「なーんだ、これでいいのか」と思っていただけたら幸いです。(著者)

(「脳天気にもホドがある」帯 より引用)

好きなことの存在は、時に息抜きに、時には励みに、時にはリハビリそのものになった、と前書きにあるとおり、筋金入りの鉄道ファンの夫は、妻の名前を思い出す前に鉄道の型式「クモハ」を当てることが出来たという。そ、それは妻としてはどうなんだ・・・。といっても、妻は妻で、リハビリ計画について健闘したいと病院側が提示した日程を「その日はせ・リーグの開幕戦だがや」と延期させているから、文句も言えないけれどね。

車椅子で生活できるようになることを目標に始めたリハビリだったが、杖を使って歩けるまでになり、失語も、「ものすごく度忘れの激しい人」程度にまで回復する。そこにいたるまでは涙と苦労の連続・・・のはずが、なんだか笑いにまみれてしまう、のがこの人達の凄さだ。

失語は、言いたい言葉を思い出せなくても、表現を変えたりその周辺の事を説明して伝えようとすることができる。それを「迂言」というのだそうだ。たとえば「じゃがいも」を

「ほら、あの、北海道の。北海道が名産の。昔、南から入ってきて、クラーク博士が北海道に、広めた、あれ。」

(「脳天気にもホドがある」大矢博子 より引用)

とマニアックに説明して伝えられる。持ち前のインテリジェンスが失語症をカバーするのだ。
さて、そんな夫が、病院からもらった便秘薬のことを言おうとして、どうしても思い出せなかったとき、一言で、なんと表現したでしょうか。
それは、この本を読んでのお楽しみ。

大笑いしながら、読み終えて、思った。大矢博子は、偉い。私だったら、オロオロして、大泣きして、不安で不安で周りに泣きついて、自分じゃ何もできなくて、夫も不安に陥れるに間違いないが、彼女は、そのどれもしなかった。落ち着いて行動し、脳出血とその後のリハビリ、また、生活支援に関する大量の本を読んで、知識を整理し、現実に起きる出来事に、知識を持って対応し、かつ、自分も相手も追い詰めない、適度の休憩と笑いと緩みを常に持ち、周囲の友達に上手に甘え、巻き込み、専門家の手を借り、愛情豊かにこの事態を乗り切った。

いや、乗り切ってはいないんだけどさ。右半身麻痺はまだ残っているし、この本のあとにも、まだ事件が続いたことは、ブログで知っているし。でも、どんな時でも、彼女は明るく楽しく乗り切っていっている。それは、すごいことだ。

私に足りないのは、彼女のような強さだろうと思う。

2010/11/20