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2021年7月24日

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「For Everest ちょっと世界のてっぺんまで」 石川直樹 リトルモア

2011年5月20日、エべレストに登頂した石川直樹氏による登頂のための下調べから、登頂成功に至るまでの記録。ブログを元にしているので、事務連絡がたまに入ったり、散漫な印象もあるが、それだけに、日常性が感じられて興味深かった。なにか特別なことを成し遂げていると言うよりは、毎日の積み重ねがあって、エベレストにだって登れちゃうのだ、という実感があった。

登頂準備を始めたのは2011年1月からなので、途中、あの大震災があり、著者も東北に何度か行って、登頂に入るギリギリまで、救援物資を届けたりもしている。

著者は23歳の時、チベット側からエベレストに登頂している。それで、今度はネパール側から登頂したいという夢があった。それが実現したのが10年後のことだったのだ。10年前と同じ場所に立って、なにか感覚が違う、と書いてあった。前より余裕があったのもそうだし、地形がなんだか変わっているような気もするし、と。

なんで山になんか登るのかな、と思う。つらい思いをして、死と直面する危険に自分から見を投げ出して、お金と時間をかけて。でも、そこで得るものは、何ものにも代えがたいのだろう、とわかる。頂上アタック直前の文章が美しい、と私は思う。

 ぼくは、この苦しくて厳しい遠征が無事に終わってくれることを願う一方で、エベレストの麓にいるこの一瞬一瞬をとても大切に感じている。ほんとうに貴重な時間を過ごしていることを知っている。
 東京にいるときには、こんなに自分自身をプッシュすることはない。精神的にきついことはあるかもしれないが、肉体的な限界を超えてさらにがんばらなくてはいけない瞬間などない。吐きそうになりながら歩き続けることなんてない。もう歩けなくなって雪上に膝から崩れ落ちて、肩で息をすることなんてない。誰も助けてくれないから、這ってでも歩き続けるしかないんだ、などと自分に言い聞かせる瞬間などない。
 この登山を終えて早く安心できる場所に戻りたいとい思いが頭をよぎる一方で、おそらくあとで振り返ってこれ以上ないというほど貴重な時間のただ中に僕はいる。10年前の登山と同じだ。苦しさを超えたあの喜びや発見に魅せられて、僕は再びこの山に来ている。自分自身が一番それをよくわかっている。二度と得ることのできない大切な時間をぼくはいま、生きている。

著者は、また「書く人」である。なぜ、書くのかについて、こんなふうに語っている。

 BCからC1へ、C1からC2へ、C2からC3へ、と言うように、その日の行動を一言い表すのは簡単だ。しかし、その背後には膨大かつ詳細な自らの感情や感覚の機微、予感や予兆に溢れている。
 雪崩の音、アイゼンのヒモが緩んできて気になる。ザックの重みが肩に食い込む。がに股で登り続けて足首が痛い。気が遠くなるようなクレバスの深さ。アイスフォールの巨大な氷が今にも落ちてきそうだと考える。ヘッドランプの頼りない明かり。雪面に反射する太陽光のまぶしさ。サングラスを外した時の目を焼くような光。何度呼吸をしても酸素を思うように吸い込めない苦しさ。胃腸の不調。歪むハシゴ。抜けそうなアンカー。ねじれて毛羽立ったロープ。感覚がなくなった指先を動かす。(中略)
 登山のディティールはすぐに忘れてしまう。たとえエベレストでも忘れてしまう。だからぼくは書きとどめておく。温かくて身体の隅々に染み渡るこの記憶のスープが、薄く冷たくならないように。

     (引用は「For Everest ちょっと世界のてっぺんまで」石川直樹 より)

そうなんだよね、と私も思う。エベレストに登るどころか、よたよたと日頃、半径500M範囲内でしか生存していない私ではあるけれど。それでも、温かくてて身体の隅々に染み渡る記憶のスープを、私も薄めたくなくて、記録したい、と思う。願う。(一緒にしちゃって、ごめんね、石川さん。)

言ってしまえば日記を読んだだけなのだが、そこから、彼の人となりが伝わって、すっかり好きになってしまった。まだ著作はあるらしいから、ほかも読んでみたい。

2012/4/16