『女の世界』大正という時代

『女の世界』大正という時代

1 尾形明子 藤原書店

あけましておめでとうございます。
年明けからさまざまな出来事があって波乱の幕開けとなりました。被災された方々が一日も早く安心して過ごせるようになることを心より祈ってやみません。また、こんな非常事態に対応できない政府のありさまに呆れかえり、憤っております。万博もカジノも武器購入も全部やめて、そのお金を被災者支援に投入していただきたい。

お正月一冊目は、大正時代の女性雑誌について調べた本だった。もともと私は雑誌フリークで、かつては毎週たくさんの雑誌を購買していた。「話の特集」「朝日ジャーナル」「噂の真相」「面白半分」「ビックリハウス」…個性的な雑誌がたくさんあった。今や「週刊朝日」すら廃刊して、頑張ってるのは「週刊文春」くらいだ。

ネットどころかテレビもラジオもなかった大正時代、雑誌は情報の担い手だった。社会的な問題、政治、経済、思想、文化、文学ばかりかゴシップや娯楽までも、雑誌が提供していた。『女の世界』は、そうした状況下で発刊された。異端のジャーナリストと呼ばれた野依秀一が創刊者である。

創刊号には「女の独立自尊」を主張する慶應義塾塾長の論文や「女性へ参政権を与えよ」という幸田露伴の主張が載った。野依秀一は「女性の味方たる事を断じて辞せぬ、この決心を以て『女の世界』を発行した」と宣言している。

大正はリベラルな空気が吹いた、つかの間、平和で自由な時代であった。この雑誌もその中で誕生したが、続いたのは六年間のみ。その六年間を丹念に追い、さらにはそれ以外のいくつかの女性誌についても調べ上げているのがこの本である。

『女性の世界』には「大正婦人録」が時に掲載された。作家、歌人、編集者、名流夫人、画家、芸者に至るまで二百人近い女性が取り上げられ、出自、出身校、職業、配偶者、そして住所までもが記載されている。平塚らいてうも伊藤野枝も柳原白蓮も載っている。私が気になっていた本荘幽蘭も載っていた。ある意味、この雑誌は資料的価値も非常に高いものだといえる。

女性の味方たる事を目指したらしいこの雑誌であるが、執筆者の女性観はさまざまであった。「大正婦人録」の主筆である青柳有美(男性)は「煩悶引受所長」の肩書で「女の職業は唯一つ」とし、「男の職業は千差万別種々さまざまだが、女の職業は結局、唯一つで、男を悦ばし男に仕へる」と言い切っている。これが本音だったのだろう。(現代においてすら、実は心の奥底でそう思っているらしい男性だっている。許しがたいことだが。)

『女性の世界』は創刊者野依秀一が脅迫罪で刑務所に収監され、出所したのち、しばらくして廃刊となる。編集者と野依秀一の方針の相違などがあったのかもしれない。その後、「番紅花」「ビアトリス」「女人藝術」「女性改造」など新しい女性誌が出ては消え、出ては消えしていった。その歴史もまた興味深い。

教科書的な歴史ではない、また別の側面からの大正時代の歴史が雑誌を通してうかがえる。興味深い本であった。