はい、泳げません

はい、泳げません

2021年7月24日

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「はい、泳げません」高橋秀実 新潮文庫

「やせれば美人」以来の高橋秀実である。本が書かれたのは12年前だが。

高橋秀実は全く泳げないどころか、水が怖くて仕方ない人であった。子ども時代に「海パンを忘れた」「帽子を忘れた」の合間に適当に「具合が悪い」を織り込んで、水泳の授業を逃れていたほどである。そんな彼が、「いざという時に愛する人を守れない」焦燥感から、水泳を習い始める。始めるが、すぐ嫌になって逃げたり休んだりする。紆余曲折の果に、よい指導を得て、なんとか泳げるようになるまでの、少量の涙と多大なる笑いなくしては読み切れない本書が出来上がった。

高橋秀実は理屈っぽい。同じ理屈こきなので、彼の思いはよく分かる。私も泳ぎは得意ではなく、彼が水中であたふたしながら頭のなかでぐるぐる考てしまうことに大いに共感する。何も考えるな、と言われれば言われるほど、あれこれ考えてしまって、手や足をどうしたら良いかわからなくなる。その気持は本当に良くわかった。

この本に出てくる桂コーチという人は、とても魅力的である。言っていることはどんどんかわるし、時として矛盾するが、指導は的確だ。そして、愛がある。

何かを掴んだ瞬間の驚き、気持ちよさも手に取るように伝わってくる。水は苦しい、泳ぎは苦痛だ、でも、急に体がふわりと浮き、思うように動けるようになったときの気持ちよさと言ったら、なんと素晴らしいことなのか。読んでいて、急にプールへ行きたくなったほどだ。行かないけど。

最終的に高橋さんは、ちゃんと泳げるようになった。めでたい限りだ。私も泳げるようになるかな。努力は嫌いだし、面倒なのも嫌だけど。誰か、勝手に私を泳げるようにしてくれい。

2017/8/1