ほんとのこと言えば?

ほんとのこと言えば?

2021年7月24日

47

「ほんとのこと言えば?」佐野洋子 河出書房新社

 

佐野洋子と、小沢昭一、河合隼雄、明石家さんま、谷川俊太郎、大竹しのぶ、岸田今日子、おすぎ、山田詠美、阿川佐和子都の対談が収録されている。対談は、1988年から2007年までに行われていて、その対談が行われた時までの佐野洋子の仕事についても簡単にまとめられている。おすぎとの対談は二回。
 
佐野洋子は死んでしまったけれど、私の中ではずっと生き続けている。きっと私と同じような思いでいる人はたくさんいると思う。多くの女たちにいろんな勇気や元気や力ややけっぱちや開き直りを、佐野洋子はずっと与え続けてくれている。
 
佐野洋子はいつだってとても正直な人だった。対談を読むとよくわかる。夫だった谷川俊太郎との対談を読むと、あの谷川さんが、佐野さんの前では形無しなので笑ってしまう。
 
佐野さんが一番のびのびしているのはおすぎを相手にしている時だ。以前にも何度か書いたことなのだが、まだ谷川さんと佐野さんが結婚する前に、二人の対談を仙台の書店で聞いたことがある。佐野さんは、「本当はおすぎと出るはずだったのに、都合がつかなくて谷川さんになっちゃった」と言い、谷川さんは「僕はオカマの代わりですか」としょげていた。最近見た映画について佐野さんに質問が飛んだら、「大体、全部一緒の映画を見てるんだよ、二人で。」といきなり谷川さんが横から口をはさんできてまだ二人の関係を知らなかったにも関わらず、私は、あ、こいつ、佐野さんに惚れてやがる、と思ったのを覚えている。
 
佐野さんは、大竹しのぶとの対談で、「100万回生きたねこ」について以下のように語っている。
 
ずっと絶対なんていうものはないでしょう。これはお話だからたまたまそうなっているけれども、みんなそのときは絶対だと思うから生きているんだと思う。私がこれを書いた時の気持ちは、ごく普通の生活をつつがなくすることがどんなに大変かということだけだったような気がするのね。一人の男と一人の女が一回生きたっていう、ただそれだけの平凡な、普通の生活を生き終わるだけでもすごく大変だと思う。愛情を持って平凡に生きることはそんな生易しいことではないというのが本当に骨身にしみてわかっていたときに、もしかしたらこれを書いたのかもしれない。 
            (引用は「ほんとのこと言えば?」佐野洋子より)
 
ただそれだけの言葉の重みを、この歳になるとしみじみと感じる。若い時は、平凡な普通の人生なんて何よ、と思っていたのだけれどね。
 
 
 
 
 

2015/7/15