キリンの子

キリンの子

2021年7月24日

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「キリンの子 鳥居歌集」 鳥居 KADOKAWA

私の夫の母は俳人で、私の父の弟は歌人であった。どちらも故人であり、無名の人であり、作品は後世に残るものではない。が、そんな市井の人の句や歌にも、ドキッとさせられたり、心の奥をこつんと叩かれたり、ぎゅっと胸を締め付けられることはある。限られた字数の中で、選びぬかれた言葉で表される世界。そこでは、時として言葉が強い力を持って輝くことがある。研ぎ澄まされた世界の断片が、そこには確かに再現されている。

この本は、鳥居という名の歌人の歌集である。彼女は二歳の時に両親が離婚、小5の時に目の前で母が自殺し、養護施設で壮絶な虐待にあい、義務教育もまともに受けられなかったという。短歌も、ほぼ独学で学んだらしい。

ということが、この歌集を読み進めていくうちにわかってくる。自殺を図って助けられた後の病室。目の前で死ぬ母。虐待で剥がされた爪。踏切に飛び込むたった一人の友。恐ろしいほどの出来事が、淡々と歌われている。そこにあるのは絶叫でもなければ、悲嘆でもない。遠くから冷静に見据える目と、その痛みにじっと耐える自分自身とが共存している。そこに鋭い知性を私は感じる。

DVシェルターでの出来事も歌われている。鳥居というのは歌人としての名前であり、本名を明かすことは出来ないという。未だにどこか報われない生活をしているのかもしれない。

だが、中には温かい歌もある。希望を感じる歌もある。

彼女が「多様な教育機会確保法案(仮)」へ意見提出したことから、何らかの事情で義務教育を受けられなかった人のための学校「夜間中学」に幅広く様々な事情を抱えた人の入学を可能とする文部科学省の通知が出されたという。

言葉で表現することは、表現者本人を力づけ、勇気づける。また、それを読む人にも力を与えることができる。言葉は無力だが、時として大いなる力を持つ。そのことを、私はこの歌集から改めて思い知った。

2016/8/18