ケミストリー

ケミストリー

2021年7月24日

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「ケミストリー」ウェイク・ワン 新潮社

 

ヘミングウェイ賞、ホワイティング賞受賞。中国系アメリカ人作家の作品。
 
中国から移民した家族の一人っ子の女性が主人公。アメリカで一番良い大学に入り、博士号取得を目指しているが、挫折寸前。非の打ち所がない同棲相手から何度もプロポーズされるが、どうしてもそれを受け入れられない。
 
アメリカ人の家族愛はあけっぴろげで、「あなたを愛してるのよ」「会いたかったわ」と抱き合い、キスを交わし合うけれど、中国人家族は淡々として感情を内面に抑え込む。ましてや主人公の家庭は夫婦がうまく行っていない。自分の実力、能力だけを武器に、アメリカで地位をそれなりに築いてきた父と、中国でのすべてを捨ててついてきた美人の妻である母はいつも激しい喧嘩をしていた。その二人の間で、主人公は、科学者としての成功を義務付けられる。両親に、どうしても逆らえない彼女は、博士号取得に行き詰まってもそれを伝えられない。日常を英語で過ごしていたからどうしても中国語が覚えきれないことに後ろめたさを感じ、父も母も嫌えない、憎めない。そして、夫婦は仲良くなんてなれないと思っているから、結婚もできない。カウンセリングにも通い、自分の内面の問題にも気づいてはいる。とても賢い人だから、自分を客観視もできている。それが不思議なユーモアとなって物語全体を包んでいる。でもやるせない。
 
読んでいて身につまされるというか、両親へのアンビバレンツな思いが身体的感覚としてわかってしまって、だんだん辛くなる。でも面白い。
 
小学校で、たった一人のアジア系として受けた扱い。異分子でありつつけた子供時代。これも、転校生で有り続けた自分に重なっちゃう。学問的に優秀であっても、自分を信じきれない、目的を見つけられずに研究から遠ざかってしまう。もう、いろんな事がわかっちゃうなあと、どんどん辛くなるのに、結局読み終えちゃった。
 
作者ご自身は、ハーバード大学で公衆衛生学の博士課程に在籍しながらボストン大学の美術学修士課程にも合格、二足のわらじを履き、修士号取得のために書いた小説が本作である。しかも、公衆衛生学の博士号も取得したんだってさ。これが両親のためであったとしたのなら、なんと難儀なことか。優秀な人であることは間違いないけれどね。今後の作品も期待したい。

2020/1/29