コンニャク屋漂流記

コンニャク屋漂流記

2021年7月24日

203
「コンニャク屋漂流記」 星野博美 文藝春秋

随分前に「のりたまと煙突」を読んだ星野博美さんの作品。これは、おもしろかった。

コンニャク屋とは、作者の祖父の実家、漁師の屋号だ。他にも「与十」とか「でんざぶ」とか、いろいろな屋号があって、地元では姓よりも屋号のほうが通りがいいという。

作者は、大好きだった祖父が死の直前に書き留めていた半生記を元に、自分のルーツをたどっていく。外房のコンニャク屋は、400年ほど前に紀州から渡ってきた漁師の兄弟の子孫だという言い伝えを検証していくのだ。

コンニャク屋の親戚それぞれのキャラクターが実に活き活きとして面白い。そんな一人ひとりと話し、様々な資料を調べながら、最後には和歌山まで到達する。そこで出会う事実も、実に興味深い。

私も自分のルーツを調べたいと思うことがある。実際に少し手をつけてはいるが、今のところ、父の予科練の記録にとどまってしまって、それ以上は進んでいない。星野さんと私では、知りたい理由が違う、とつくづく思ってしまった。

作者の大好きな祖父、量太郎の両親、勘太郎ときくは、周囲の人望が厚かった。彼らにあやかりたいと我が子の名前に「かん」や「きく」の字を入れる人が大勢いたほどだ。コンニャク屋の特徴は、底抜けの明るさ、笑いが絶えない前向きの姿勢だ。そして、作者は、自分の中にそういう漁師の血が流れていることを誇りに思い、それをどこかに記録として残したいと願っている。

私がルーツを知りたいと思った背景は、それと全く逆だなあ、と思ったら、ちょっと気が重くなってしまった。ただ、一族の記憶というものは、絶対にどこかに残されていて、人となりに影響しているに違いない、という考え方だけは同じだと思ったけれど・・・。

という私の個人的な話はどうでもいいことで、この本は、実に面白かった。今ここで生きている自分が遠い遠い昔の人と確実につながっているのだと強く実感できる。時の流れと、その中の自分の存在を俯瞰できる。読んで損はない一冊だった。

2012/2/20