ベトナム旅行記(その5)

ベトナム旅行記(その5)

2021年7月24日

本日はハノイ市内観光の日。ガイドさんが来るのが朝十時とゆっくりなので、今朝もホテル内を散策する。二階のホールでこんな絵を発見。


今日もきれいな中庭に行ってみる。
 


庭に階段があるので、上がってみると、美しいベランダ。
 

さて、ガイドさんが来て出発。本日のガイドはゴさんという、ちょっと人見知りそうなおじさん。まずはホーチミン廟である。日程表には外観から、場合によっては車内から見るだけかも、と書いてあったが、今日はとても空いているので中まで入りましょう、とのこと。中に入る人の服装は、上着には袖がついていること、足が出すぎていないことが決まっているんだとか。入り口の門からかなり長く歩かされ、警備の若い護衛兵が大勢、強い日差しの下で立っている。大変だから一、二時間で交代ですって。徴兵制なので、みんな兵隊になります、とゴさんが教えてくれる。


ホーチミン廟の内部はひんやりと冷房が入っていて、私語も写真も禁止、立ち止まってもだめ。ガラスケースの中で、ホー・チ・ミンさんが、まるで眠っているみたいに安置されている。
 
ホー・チ・ミンはベトナム独立に尽力した偉大な政治家で、ベトナム戦争中に亡くなった。本人は、自分が死んだら火葬にして灰はベトナムの地に撒くように希望していたけれど、ロシアの協力でこの廟が建てられ、エンバーミングが施された、という。それって、本人としては不本意なんじゃないのかなあ。あんなふうにいつまでも遺骸を祀られて、偶像化されて、どんな気持ちなんだろう。清廉な人柄だったというし、静かに眠りたいんじゃなかろうか。
 
なんて考えているうちに、ホーチミン廟を出る。いつもはものすごく並ぶらしいが、本日、奇跡的にすんなりと通れて、ラッキーでした。
 
それから、今度は一柱寺。11世紀、李王朝時代のお寺で、一本の柱の上に蓮の花に見立てた建物がある。王様が、蓮の上に立つ観音様の夢を見てから子供を授かったので、建てたそうだ。
 

ベトナムの宗教についてゴさんに質問してみる。ほとんどが仏教徒だという。共産主義と宗教の関係についても聞いてみるが、ちょっとした変化球の答えが返ってきた。いわく、カソリックが6%位いるけど、高い地位、重要な仕事にはつけない。カソリックだと察官、公務員、保証人などにはなれない、と。だから、みんな仏教徒なんです、と。へええ。それは意外だ。共産党については明確な回答はなし。でも、みんな仏教徒だということは、宗教と共産主義は共存しているわけだ。
 
次は、ホアンキエム湖上の玉山祠へ。赤い橋を渡って、湖上の小さな島へ。門には漢字がたくさん。

ところで、ベトナムの文字表記は、ローマ字に様々なアクセント記号がついている。かつて中国の影響で漢字が使用されていた時期もあったが、ヨーロッパから宣教師がやってきて、漢字習得が困難であったため、独自にローマ字表記を作り上げた。後に、それをベトナム文字として採用するとホー・チ・ミンが決めたのだという。今では漢字を読める人は殆どいません、とゴさん。「一、二、三」くらいしかわからない、と。
 
ローマ字採用の背景には低い識字率もあったのだろう。日本でもかつてローマ字化を主張する人がいたし、敗戦後、大真面目で論議されたらしいし。でも、漢字、ひらがな、カタカナがそのまま残されて、本当に良かった。大量の漢字を覚えるのは大変だけどさ。
 
ベトナムの人たちは、自分たちの街の真ん中にある、由緒正しき祠の門に書いてある文字がわからない。過去の文献を読もうにも、今では使われていない文字で書かれているから、読み解くことができない。それって、文化の寸断が起きているということじゃないだろうか。歴史把握の大きな障害になるんじゃないだろうか。
 
などと考えながら中にはいる。


結構ペカペカに塗られた派手な祭壇。

この感じ、なんとなく香港やマカオのテイストに似ている気がする。
 
湖には伝説がある。王様が池の主である亀から剣をもらって戦に勝ち、その剣を後に亀に返したという。最近、大きなカメが池で見つかって、伝説のカメじゃないかと大騒ぎになったそうだ。それが剥製になって飾られていた。

湖畔には立派なガジュマルの木。南国だわー。


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2019/9/21