ボタニカ

ボタニカ

2023年5月12日

89 朝井まかて 祥伝社

「牧野富太郎の恋」を読んで、この人なんだかなあ、と思ったことは前にも書いた。だが、この本を読んで、それどころではないぞ、と思った。そもそも、なんでこの本に手を出したかというと、誰かのツイッターで、牧野富太郎は、新種の植物に妻の名前を付けるほどの奥さん思いで有名だが、実は高知に本妻が別にいたと「ボタニカ」で知って驚いた、という記述を見たからだ。なんですとー!というわけで、読んでみたらあなた、そうなのよ、高知には本妻がいて、東京の妻は、まだ16歳の時に手を付けて妊娠させちゃって、それを本妻に報告して腹帯やらなんやら準備させたって言うじゃありませんか。のちに離婚して、番頭さんと再婚させたというけれど、それは実家の家業がだめになってから。当時の風習は今とは違うのではあろうけれど、それにしてもそのほかの行状も並大抵の人ではない。朝ドラは美しくデオドランドしてあるけれど、モデルの牧野博士はとんでもない人だったんだ!!と改めてわかってしまった。

もうね、自分の興味あること、欲しいものに対して夢中になると、ほかのことはどうでもよくなる人なの、牧野博士。裕福な造り酒屋だった実家の財産を食いつぶしたばかりか、東京の妻にも苦労に苦労を重ねさせて、とんでもない借金をつくっては夜逃げ同様に逃げて回る。借金取りの相手は妻に任せ、借財がいくらになったかも把握できない。大量の植物標本を売るしかない、というところまで追いつめられると、神戸の篤志家の大金持ちがそれを全部買い取って、研究所まで建ててくれる。標本は我が子同様だから、毎月研究所に通います、と約束するのに、だんだん足が遠のいて、最後は放りっぱなしで、それに怒った買い手の大金持ちが京大に標本を移すというと怒りだして大騒ぎ。

妻が病気で倒れても、植物採集の旅に行って気が付かない、知らせの手紙が届いても読まずに放っておく。気が付いたのはずいぶん日が経ってから。それでも妻は怒りもしない。そうやって勝手なことやっておいて、今度は留守中に子どもが病気で死ぬと、妻を叱って平手打ち。子を死なせたか、と怒る。お金が手に入るとすぐに資料を買い、故郷の学校にオルガンを寄贈し、どんどん使い果たしちゃって、子どもたちは食べるものも満足に食べられず、病気になっても医者にもかかれないのに。関東大震災の時も植物採集をしていて遅くに帰宅し、家が崩壊するといけないので庭で過ごすという妻子をしり目に、自分だけは家の中で寝てしまう。

女性関係もだらしなかったみたいだし、奥さんも13人子を産んで、早くに亡くなってしまう。苦労しっぱなしですものね。新種の植物に妻の名をつけたくらいで罪滅ぼしになるとはとても思えない。大学でもトラブルを起こしては追い出されたり、また戻ったりを繰り返していて、それは牧野博士が大学の権威を重んじなかったからだ、ということにはなっているけれど、それだけじゃなくて、きっとすごく迷惑をたくさんかけてたんだろうなあ、と思わずにはいられない。

明朗快活で、研究熱心で、植物学に非常な才能があって、パワフルな人だったのは確かだけれど、周囲の人は振り回されて大変だったんだと思う。そして本人は自分が悪いなんてこれっぽっちも思わない、気が付かない。

私は自分の父親を思い出さずにはいられなかった。父は、女性関係は清廉な人だったけれど、牧野博士と同じ匂いのする人だった。そして、たぶん母は、牧野博士の奥さんのスエさんにちょっと近いところがあるんだろうなあ。ああ、疲れた。読むのに時間がかかったのは、あんまり牧野博士がわがまますぎて、うんざりしたからだと思う。

でも、本人は幸せな人生だったんだろうなあ。