ヴァージニア・リー・バートンの世界

ヴァージニア・リー・バートンの世界

2021年7月24日

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「「小さいおうち」「せいめいのれきし」の作者

ヴァージニア・リー・バートンの世界」

ギャラリーエークワッド【編】 小学館

 

息子がまだ幼稚園に入る前のことだ。近所には図書館というほどの図書館はなく、ただ、歩いていける範囲に市役所の出張所があって、その二階が小さな図書コーナーになっていた。そこでバートンの「はたらきもののじょせつしゃけいてぃ」を借りてきたら、息子が夢中になった。毎日、毎日、飽きるほど読み聞かせていたが、期限が来たから返そうね、と言ったら、大泣きされた。それから、不安そうに、家にある何冊かの絵本を指さして、「あれも、これも、みんな返さなきゃいけないの?」と尋ねられた。「あの本は、お金を出して買ったものだから、返さなくてもだいじょうぶ。」と答えたら、息子は涙ながらにこう言った。「おかあしゃん、図書館におかねをだして。けいてぃをかって。」
 
当時はまだアマゾンなどというものもなく、住んでいるのは郊外の田舎町で、大きな本屋もなかった。行ける範囲の本屋を探し歩いたが、「けいてぃ」は売っていなかった。その話を「本の雑誌」の「三角窓口」に書いて送ったら、椎名誠から「一日も早くけいてぃが手に入りますように。」とコメントを貰った。「けいてぃ」はその後、夫が東京の書店で手に入れた。今もうちの本棚にある。
 
ヴァージニア・リー・バートンは、そんなわけで非常に印象深い絵本作家である。「ちいさいおうち」は子供の頃、デパートの本屋さんで立ち読みしたのを覚えている。買ってはもらえなかったのね。で、けいてぃの後だったと思うけど、「ちいさいおうち」も買った。「いたずらきかんしゃちゅうちゅう」も買った。でも、息子のお気に入りは常に「けいてぃ」であった。
 
この本は、ヴァージニア・リー・バートンの生涯と、その作品を解説したものである。豊富な挿絵と写真が実に楽しい。彼女の生き生きとした笑顔やたくさんのスケッチや下絵にわくわくする。
 
なるほど、「けいてぃ」は女性名であった。当時は気が付かなかったけど。「ちゅうちゅう」も「ちいさいおうち」も女性である。バートンは、女の子は結婚して家庭に入るものだとされていた時代に、女の子だって何でも出来るのよ、というエールを送っているのだ。「ちいさいおうち」の入り口には、英語の「history」が「 HIS-STORY」から来ているのを受けて、男性だけが歴史を作ったのではないという思いを込めて「 HER-STORY」と書き込まれている。
 
バートンは生前に石井桃子が運営する「かつら文庫」を訪れて、子どもたちの前でお話をしている。当時、文庫に通っていた阿川佐和子は、「ちいさいおうち」の作者が目の前で絵を描いてくれるというのでワクワクしていたら、スーッと大きな曲線を描いて、それがみるみるうちに恐竜になるのを見て、「なんだ、おうちの絵じゃないんだ」と思ったそうだ。子ども時代にバートンの絵を描く瞬間に立ち会えたなんて、なんてラッキーなんだ、阿川佐和子。
 
バートンは、地元の主婦たちの仕事のために、テキスタイルデザインの仕事にも携わっていた。手仕事にこだわった彼女の指導による作品は、大きな評判を得て、28年にわたって販売されたという。彼女のデザインした生地は、どれも温かいユーモアにあふれていて、美しい。
 
すごい人だったんだな、バートン。タバコとコーヒーを片時も離せず、59歳で肺がんのため亡くなったという。煙草の害について、当時もっと知っていたらねえ。まだまだ新しい絵本が描かれたかもしれないと思うと、残念である。

2018/5/30