世界でいちばん不幸で、いちばん幸福な少女

世界でいちばん不幸で、いちばん幸福な少女

2021年7月24日

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「世界でいちばん不幸で、いちばん幸福な少女」

今岡清 早川書房

栗本薫/中島梓没後10年、グイン・サーガ誕生40年記念出版。彼女の夫だった今岡清が、彼しか知らない彼女の思い出を語った本。

難儀だなあ、と思った。大変だったよなあ、と思った。「世界中から称賛されることで人が幸せになれるのであれば、マイケル・ジャクソンは死なずに済んだ」という、いとうせいこうだったかの言葉を思い出した。あんなに才能にあふれていた中島梓。生きるのが大変だっただろうなあ、辛かっただろうなあ、と思ってしまう。夫も大変だっただろう。また、この夫と夫婦でいるのも、それなりに大変だったかも。そういう意味で、このふたりは、このふたりだからこその夫婦でありえたのだと思う。

二人だけの秘密がいくつか、静かに描かれている。寝る前に夫が妻に語る、山の村のお話。登場人物一人ひとりに込められた思い。苦しい気持ちを収め、いなし、落ち着かせて癒やすための儀式。そんなふうになんとかやっていたのだなあ、と嘆息する。

中島梓自身の賢さをもってあらゆる知識を詰め込んでもなお、恐怖にかられると全てが無に帰してしまう拒食症。思い込みの激しさ。あふれる記憶力。それらを飼いならすことで日々を生きながらえた夫婦であったのだ。

ただ。今岡氏は、彼女と母親との関係を、彼女の思い込みに起因させ、それほど大きな問題として捉えていない。そこに、私は違和感を持つ。「転移」を私は読んだからね。佐野洋子の「シズコさん」に関しても、谷川俊太郎と広瀬弦(佐野洋子の息子)が「普通のおばあちゃんじゃないか」みたいなことを言っていて、ああ、事程左様に親子関係、母子関係は他者に理解されない、と絶望感を持ったのを思い出す。中島梓にとって、それは大きな問題であったのだ、と捉えるところからしか出発できない、とやっぱり私は思うよ。夫もでないどころか、会ったこともない私が言うことじゃないけれどね。

いずれにせよ、中島梓は亡くなり、十年という年月がたった。得難い才能であった。すごい人だった。その人の生前の姿を描く、最も身近だった人の本は貴重である。興味深く、辛い本であった。
2019/7/1