俵屋の不思議

俵屋の不思議

2021年7月24日

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「俵屋の不思議」 村松友視 世界文化社

俵屋は、京都を代表する旅館である。世界中のVIPが泊まったこともあるし、日本中の著名人がここを愛している。そんな場所は、どれだけセレブなのか、と思うだろうけれど。

幸運にも、一度だけ、私はここに泊まったことがある。おどろくほどアットホームな、暖かくさりげなく、けれど、間違いのないもてなしを、確かに受けた。宿泊客が夕方から自由に使っていい書斎は、それは居心地のいい空間で、そこに揃っている書籍も、素晴らしいものだった。何より、一度座ったら二度と動きたくなくなるような、お尻に吸い付くような椅子が私は気に入った。

そんな俵屋のサービスがどのように生み出されているのか、あんなにも居心地のいい空間がどのように創りだされているのか、がこの本には書いてある。女将の佐藤年さんが、俵屋をやめてしまおうかと思ったという火事についても、ありのままに書いてある。なぜ、火事がぼやで済んだのか。それもまた、選びぬかれた素材で作られたその空間に秘密があったのだ。

俵屋という旅館があってよかった、と思う。暖かく、気配りの行き届いた場所が京都という場所にある。そのことが、すでに一つの財産であるように思う。

2012/2/23