十五の夏

十五の夏

2021年7月24日

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「十五の夏 上・下」佐藤優 幻冬舎

 

分厚い本である。しかも、上下に分かれている。私はこれを父の病室の付き添いの二晩で読んだ。長く気づまりな時間が続くはずだったが、この二冊の本のおかげで、私は平静でいられた。長い旅は、興味深く、刺激的であった。そしてその間に、父の下がりまくった血圧は正常値にまで戻り、危機を脱したのであった。
 
佐藤優は元外交官の作家であり、神学者でもある。彼は十五歳の時に東欧諸国とロシアを一人で旅した。その時の記録をつづったのが本書である。
 
浦和高校に入学したご褒美として、父親がプレゼントしてくれたのが、この旅行である。当時、社会主義諸国に興味を持っていた彼に、日本と社会体制が異なる国の本当の姿を見ておくことは大きな意味があると背中を押してくれたという。特に裕福でもない家庭で、夏休み中、海外で過ごす大金を出すのは大変なことだったろう。それでも息子を送り出した彼の父親の勇気に感嘆する。そして、それに答えて、自力でできる限り安く、効率よく、そして意義ある旅行を成し遂げようと努力した作者も素晴らしい。
 
佐藤優と私は同年代である。だから、当時の時代の空気が手に取るようにわかる。高校一年生で一人で東欧、ロシアに行くというのがどんなに無謀に見えるかも、だからこそ意義深いことも、よくわかる。当時、まだ資本主義諸国と社会主義諸国との間には厳然たる壁があり、多くの偏見もあった。実際に行ったからこそ分かることを、読みながら私もともに体験した気がする。そして、この旅が彼のその後を大きく決定づけたこともよくわかる。
 
十五という年齢で知らない場所に行ったからこそ、出会う人々に対し、素直で謙虚でまっすぐに向き合えたこともよかったのだろうと思う。下手な自負や虚栄心を持っていたら分かり合えなかったかもしれない。でも、それは年齢だけではなく、本当はいくつになっても私たちが忘れてはならない態度なのだとも思う。
 
それにしても浦和高校は大変だ。夏休み中をかけて旅をしながら、数学の宿題を解き続けなければならないのだからねえ。誰も大学受験のことを口にしないが、誰もがそのことだけを意識し続けている、という超進学校。同じころに同じ高校にいただろう友人が何人かいるのを思い出した。部活も同じらしき知り合いもいて、登場しないかなあ、なんて思ってしまった。出てこなかったけど。
 
若いころに異文化に触れることの意義を強く感じる。自分たちの持っている文化や価値観だけがすべてではない、ということに早くに気が付くことは、その後の人生の柔軟性を大いに高める。自分を相対化し、人を理解する姿勢を身に着けられる。旅は、大いなる学習である。
 
大変なことも多かったが、とても楽しい旅だった。孤独な二つの夜、この本にどれだけ助けられたかわからない。
 
 

2018/8/30