十八代目中村勘三郎全軌跡

十八代目中村勘三郎全軌跡

2021年7月24日

54

「十八代目中村勘三郎全軌跡」中川右介 朝日新聞出版

朝日新聞の記事を基本資料とした、十八代目中村勘三郎の伝記であり、公演記録であり、報道資料集である。勘三郎が生まれてから亡くなるまでの朝日新聞のすべての記事をデータベースとして、当人への取材と、劇評、それにいわゆる動向記事を出来る限り網羅し、そこに編著者である中川右介氏の解説感想などが簡素に付け加えられている。勘三郎は、出演作のほぼすべてが話題となる人であったっため、新聞記事を集めることで、その人生が集約できている。非常に正確で詳細な資料集であるともいえよう。

だが、貴重な資料であるその一方で、編著者の勘三郎への思いが、僅かな文章の間からほとばしり出ていて、胸が痛くなるほどである。本書は、2005年から2012年までの、勘三郎襲名から最後の舞台までを第一部とし、第二部が誕生から父・十七代目勘三郎の死まで、第三部が雌伏の日々だった三十代の1995年まで、第四部が勘九郎として一時代を築いた96年から2004年までとし、終章は、亡くなってから本葬までの全記事を、まったく地の文無しのままに機械的に収録してある。なぜそんな構成になったかというと、時系列に書いていると、悲劇に向かうのが耐え難く、最も華やかな部分と、それが中断する場面を先に書き、次いで襲名をゴールにして上り調子のところを書くことで、ようやく最後に辿りつけたという。そして、亡くなった後については、もはや何も書くことはなかった、というわけなのだろう。その気持ちは、痛いほどよくわかる。追悼記事の部分は、いま読んでも心がかき乱されるばかりである。

歌舞伎が好きと言っても、それほど多くの舞台を見てきたわけではない私だが、詳細なデータによって、今まで見てきた公演全てがこの本で再確認できた。私が17歳で初めてみた、先代の勘三郎との共演の演目がなんであったかが、今になってわかったりもした。勘三郎の人生を追いながら、自分がその時期、どこで何をしていたかも思い出せて、なんだかがっつりと人生を振り返るような作業になってしまった。

2016/7/4