失われた旅を求めて

2021年7月24日

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「失われた旅を求めて」蔵前仁一 旅行人

「テキトーだって旅に出られる」以来の蔵前さんである。旅行人から直接買ったサイン本。

蔵前さんが初めて海外旅行をしたのは1979年。それから四十年ほどのあいだに、世界はずいぶんと形を変えた。経済発展によって姿を変えたところもあれば、戦乱によって失われたところも、地震や災害で破壊されたところも、観光地化によって違う場所になってしまったところもある。

カメラはその間に、フィルムからデジタルへ変わった。かつて写真は貴重で高価なものであり、一枚一枚が丁寧に撮られた。今は大量に画像を取っては取捨選択ができる時代になった。この本には、プロのカメラマンではない、ただの旅行者であった蔵前さんと、妻の小川京子さんが撮った過去の写真がたくさん載せられている。プロの仕事ではないけれど、その場に行って、何かを感じた人にしか撮れない写真ばかりだ。掲載にあたって、写真と同じ場所をグーグルマップで検索し、ストリートビューで見られるところは見たという。結果、今、どのように変わってしまっているかについても言及してある。

わたくしごとだが、今年から少しずつ世界を旅してまわろうと計画していた。夫の退職を機に、体力があるうちに、行きたいと思っていたところを一つずつ潰していくつもりだったのだ。人は老いる。今までそれほどの負担ではなかった引っ越し作業が思いの外に体に応えると気がついた二年前から、急がねば、という思いがあった。体の動く一年一年が貴重であるとしみじみ感じていた。なのに、今、世界はこんな状態で、家にじっと居続けるしかない。それが悔しい。

乳児を抱えて、家から出られない時に、私は蔵前さんの「旅行人」によって、心は世界中を巡っていた。今また、ステイホームのさなかに、蔵前さんと小川さんの写真によって世界を、それも過去の世界を巡っている。いつか、本物の世界をめぐる日が来るのを待ちながら、今は写真を眺めることにする。またいつか、旅に出る日が来ますように。
2020/5/7