テキトーだって旅に出られる

2021年7月24日

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「テキトーだって旅に出られる」蔵前仁一 産業編集センター

たぶん著作は全作読んでいる蔵前仁一の本。蔵前さんは以前、このブログにコメントを寄せてくださった。そればかりか、講演か何かで私のブログを紹介してくださったらしい。いろいろありがとうございます。

「旅行人」というバックパッカー向けの雑誌を編集し、自らも世界中を旅して歩いてきた著者が、そんなに綿密に準備なんてしなくても、旅ってテキトーでもちゃんと楽しめるんだよ、ということをわかりやすく書いた本。

いかに安く費用を抑えるか、に夢中になって旅の目的が変節してしまうくらいなら、テキトーなところで手を打ったほうがいいし、目的地にうまく着けなくてもそれこそが良い思い出になることもある。トラブルが功を奏することだってある。

興味深いエピソードが載っている。はじめてのインド旅行で大きなバッグをロストバゲージされてしまった男。もう旅は無理だから日本に帰ろうと考えている時に宿で蔵前に会う。

「着替えも、ガイドブックも、カメラもなにもかもバッグに入れてあったので何もないんですよ。失敗でした。もう日本に帰ろうかと思ってるんです」
彼は憔悴した面持ちでそういった。
それを聞いた他の旅行者は笑いながらいう。
「だけどパスポートと現金があるんでしょ。それならいいじゃないですか。それで旅行できますよ。せっかくインドに来たのに、なんですぐに日本に帰るんですか」
「着替えもないんです」
「そんなもの、インドで買えますよ。ここにいる連中が着ている服はみんなインド製ですよ。日本製の服なんかとっくになっくなっちゃってる」
そういってどっと笑った。
「大丈夫ですよ。パスポートと金さえあればなんとかなりますから。それじゃ歯ブラシでも買いにいきますか」
一人の旅行者に誘われて買い物に出かけた彼は、数日後、インドの服を着て楽しそうに街を歩いていた。
「どうですか、もう買い物は終わりました?なにか足りないものはありませんか?」
ボクがそう声をかけると、彼は顔をほころばせていった。
「ありがとうございます、ぜんぜん大丈夫です」
「それはよかったですね。旅は続けられそうですか?」
「もちろんです。いや、今思えば、あのバッグをなくしてよかったです」
「え?なんで?」
「実はあのバッグ、インドに行くというんでいろんなものを詰め込んできたんですよ。それが重くて重くて大変だったんです。だけどなくしてもぜんぜん困らないんですよねえ。バッグがなくならなかったら、あの重いのをずっと抱えていなくちゃならなかったかと思うと、なくして正解ですよ」
彼は笑いながらそういった。
           (引用は「テキトーだって旅に出られる」蔵前仁一 より)

そう、旅は日常の延長にある。あれもこれもと欲張らずに、その場所で生活している人もいるのだから、足りないものはそこでも手に入ると考えて、あまり構えずにのんきに行ってしまうに限る。何か不足しているからこそ、手に入るものだってあるのだから。

がむしゃらな若さなど、もう持っていない年齢の私ではあるが、子どもも手が離れ、これからこそが旅の適齢期であると思っている。のんびりと、好きな場所、行ってみたかった場所を、これから訪ねて回りたい。蔵前さん、良い旅をお互いに楽しみましょう。

2018/7/16