被差別の食卓

被差別の食卓

2021年7月24日

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「被差別の食卓」上原善広 新潮社

「日本の路地を旅する」の上原善広の本である。「日本の路地を旅する」にもちょっと出てきた、被差別部落特有の料理を彼はソウルフードと呼ぶ。世界中のソウルフードを食べて歩いた記録がこの本である。

フライドチキンがアメリカ黒人のソウルフードのひとつであるというのには驚いた。白人が食べにくくて捨ててしまうような鶏の手羽や頭部をディープフライすることで、骨まで柔らかく食べやすくしたのがフライドチキンの始まりらしい。ブラジルの黒人奴隷や世界各地のロマ(いわゆるジプシーと呼ばれる流浪民)、ネパールのサルキと呼ばれる不可触賎民などのソウルフードを作者は食べて回る。

ネパールのサルキの話は衝撃的である。サルキと言うのは姓でもあって、名前を聞くだけで、その人が不可触賎民であることが判明してしまう。店で買物をするにも、店員は穢れがうつらないようにサルキには商品を手に落とすようにしか渡さない。家の中に入られると穢れしまうので、玄関に来るだけで睨みつけ、追いだそうとする。牛肉が禁忌のネパールで、サルキだけが自然死または病死した牛肉を食べ、そのことで差別されるので、この頃は牛肉をサルキも食べないようにしているのだそうだ。

作者はネパールの不可触賤民の考え方が日本に伝播したものと密かに考えている。確かに「穢れ」という考え方は似ているし、ネパールも日本も、そもそもが芸事をよくする民が差別されてきたこと、牛肉をはじめとする屠殺の仕事に携わっていることなど共通点も多い。

以前、私は京都のお好み焼き屋さんで料理の美味しさに感動したことがある。「三十三間堂、智積院、お好み焼き吉野(京都散歩)」という日記でそのことを書いた。そこで食べた「すじ焼き」、「焼きそば入りあぶらかす焼き」「ホルモンのこごり」はすべて作者のいうソウルフードであったことに気がついた。かつては「むら」とよばれた被差別部落の人しか食べなかった被差別のグルメである。それは、素晴らしく美味しく、高級料亭でもかなうまいと思う味であった。

作者は差別を受ける者のソウルフードを食べ、記録することで、他者とは違った形で差別という問題に取り組もうとしている。同情、あるいは悲惨さの糾弾といったやり方とは全くちがう、独自の視点である。大阪の更池と呼ばれる「むら」に育ったものにしかできないことを彼は見つけ、実行しているのだ。

2016/3/6