平凡

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2021年7月24日

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「平凡」角田光代 新潮社

 

もしもあの時、ああしていたら・・・・という場面が、人生にはいくつかある。もし、仕事を続けていたら、やめていたら、彼と別れなければ、結婚しなければ・・・・などなど。もしそうだったら、というもう一つの人生をつい考えてしまうような人たちの物語が六編収められている。
 
角田光代はすごいぞ、と思う、いつだったか新聞のお正月特集で出産に関わる文章を書いていて、私は本当に彼女が出産したのだと思い込んだ。ぜったいにそうだとしか思えないような文章だったからだ。実際、いろいろな出版社から問い合わせが来たり、出産祝いが届いたりしたという。単なる創作だったにも関わらず。
 
この物語だって、そうだ。不倫のカップルとの旅行、結婚の破綻、ブログに夢中な主婦、いなくなった猫。どれも、真に迫って伝わってくる。
 
あの時、ああすれば、ああだったとしたら・・・と私も考えたことがある。でも、それは若い日のことだ。この頃は、そんなことはとんと考えなくなった。今から人生の何処かの時点に連れ帰ってやるからやり直しなさい、と言われたら、きっぱりお断りすると思う。私は今の私でしかなく、もう一つ別の人生なんて無いんだ、とはっきりわかるからだ。
 
たとえばあの岐路で、あの時点で、別の場所に行ったもうひとりの自分に、何を話しかければいいのか。なんと言ってやればいいのか。結局は、大した違いはなく、それなりにやっていっているのよねえ、と思う。だとしたら、私は今のままでいい。
 
読み終えて、そんなふうに思った。

2014/8/12