断薬記

断薬記

2021年7月24日

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「断薬記 私がうつ病の薬をやめた理由」上原善広 新潮社

「一投に賭ける」以来の上原善広である。大宅壮一ノンフィクション賞を始めとして様々な賞を受賞しているが、その一方で、うつ病を患い、長きに渡って大量の薬剤を摂取し、それを断薬する戦いを繰り広げていたとは知らなかった。自殺志向があり、過去に三回の未遂事故を起こしているとは。

断薬に至ったのは三回目の自殺未遂のあとである。その頃は毎晩片っ端から女性に電話をかけ、薬でラリった状態で喋りながら昏睡するまで付き合ってもらうという生活だったという。・・・ってなに?そんなに付き合いのいい女性が何人もいた?と驚いていたら、そのころ、仕事は一人でできたが、プライベートでは女性同伴ではどこへも行けなかった、とか書いてある。なんなの、この人?とさらに不思議であった。

うつ病と診断されて、数種の薬が出されたが、それが効かなくなるとまた別の薬が出され、足され、新たな症状が出ては薬が出て、診断も双極性障害、統合失調症と病名が変わっていく。そして、よくなるどころか、どんどん悪くなる。これは薬がむしろ状況を悪化させているのではないか・・・と気がついてから、断薬の専門医を探し、長い時間をかけて断薬をしていった記録がこの本である。

精神科医療は、患者を薬漬けにしてしまうという話は他の本でも何度か読んだことがある。また、生活保護と投薬治療は切っても切れない関係性があって、薬を飲み続けることで生活保護を受け続けることができるという大きな問題もある。このあたりは踏み込むと大きな闇がある。

作者は、薬をハサミで削るようにして徐々に徐々に減らしていき、最後はお遍路歩きや湯治治療まで行って断薬に成功した。が、断薬しても、スッキリしない、仕事ができない、と嘆いている。それも長い投薬生活の後遺症であって、この頃ようやく仕事ができるようになってこの本も書き上げられたそうである。

鬱は心の風邪である、といわれる。ためらわないで、受診しましょう、ともいわれる。身近に苦しんでいる人がいれば、やっぱり受診を勧めてしまう。が、薬に頼るのは、とても怖いことだとつくづく思う。精神科の専門医を信じると薬漬けになってしまうのだとしたら、一体誰を頼ればいいというのだ?東畑開人の「居るのはつらいよ」もそのあたりの問題を突いている。医療当事者でさえ迷うこの問題。薬は慎重に、としかこの本も書いていない。心の病気は、本当に難しい。

最後の方に、自分の生育歴に問題がある、ということが書いてある。問題はあるが、医療上、それをつつかれたくはなかった、とも。でも、そこはもう、自分と向き合い、自分の過去を掘り出し、探り出し、見たくないものを見てでも整理をつけ、納得をするしかないのかもしれないよねえ、と思ったりもする。多くの女性に甘えないとやっていけなかった自分、をもう一度見直すところから始めないと。懐の深い女性が周囲にいたのは幸運だったのだろうね。

2020/8/14