暴力は絶対だめ!

暴力は絶対だめ!

2021年7月24日

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「暴力は絶対だめ!」アストリッド・リンドグレーン 岩波書店

 

これは厳密には作品ではない。1978年、ドイツ書店協会平和賞の授賞式でリンドグレーンが行った受賞スピーチである。このスピーチは、あまりに挑発的であるという理由で主催者側から内容変更の要請があったが、これを変更するのなら、授賞式には出席しないと彼女は答えた。そして、原稿そのままにスピーチしてください、とドイツ書店協会代表がお願いしなおしたという経緯がある。
 
内容はごくシンプルである。つまり、子どもたちは愛情を持って育てられるべきであり、暴力でしつけられるべきではない。ただ、それだけである。だが、その内容は、今日でも依然として重要で必要な勧告であり続けている。
 
ラーシュ・H・グスタフソンという小児科医、作家がこの本の「おわりに」でこんなことを書いている。
 
ピッピからの、すべての子どもたちへのメッセージは、きわめて明快なものでした。
「大人だというだけで、その人の言うとおりに、絶対しなくていいの!大人の指図に従うなら、そこにはきちんとした理由がなくちゃならないわ!」
 
まさしく、その通り、と私は思う。子ども時代の私ななぜあれほどにピッピに憧れ、彼女の存在に不思議なほどの勇気をもらったのか。大人であれ子どもであれ、それぞれに尊重されるべきであり、正しい理由なしに、思い通りになんてされる必要はない。ただそれだけのことが、私には手の届かない夢のように思えていた。言葉でそれとはっきり理解していたわけではないが、子どもである私は、私自身を尊重されたかったし、理由なしに言いなりになることが嫌だった、苦しかった。自由に、のびのびと振る舞うピッピが、ただただ羨ましかった。そんな気持ちを、私は今でもまざまざと思い出すことができる。
 
リンドグレーンは、このスピーチの中でこう語っている。
 
愛情いっぱいに育てる方法とは、子どもたちを成り行きにまかせて、したいようにさせることではありません。子どもたちもそれを望んではいません。自分の行動に対しての規範は、子どもにも大人にも必要であり、子どもたちは、他のだれより親をお手本として学ぶのです。もちろん子どもたちは親を尊敬すべきですが、本当のところは、親もまた自分の子供を尊敬すべきです。子どもたちに対して親としては当然の有利な立場を濫用すべきではありません。すべての親子が、互いに愛情に満ちた敬意を持てるようにと願っています。
 
これは、単に親子関係だけに限らない真実である。当然の有利な立場を濫用せず、互いに敬意を持ち合うこと。人と人との関わりは、すべからくそうありたいものだし、そうあってこそ、理解し合い、信頼しあうことができるのだと思う。それは、とても難しい。私は権威を振りかざす親であることもあるし、他者を言下に否定する傲慢な存在であることもある。
 
本当に大事なことは、とてもシンプルで、でも、とても難しい。リンドグレーンの言葉は、たくさんの物語を通して彼女が語り続けてきたことが、ピュアな形で示されている。子どものころ、私は繰り返し繰り返しピッピと時間を過ごし、深く深く憧れた人としてのあり方を、どのように自分に残し、生かしているのだろうか、と胸に手を当てる思いである。
 
だが、これはやはりスピーチである。リンドグレーンの温かな世界は、やはり物語の中に生きているのであり、それを何度でも味わうことで、私はわたしを生き返らせ、笑っていられる。そうだ、そういうことが言いたかったんだ、と確かめた上で、私はまた物語の世界に戻りたい。リンドグレーンの作品の中に遊びたい。
 
(引用は「暴力は絶対だめ!」アストリッド・リンドグレーン より)

2016/5/17