天才と名人

2021年7月24日

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天才と名人 中村勘三郎と坂東三津五郎」長谷部浩 文藝春秋

 

勘三郎が亡くなって、四年になろうとしている。もうそんなに経ったのか。そういえば、妙な話だが、朝、トイレにいくたびに勘三郎を思い出していた。それがいつの間にかなくなっていたことに、これを読んで気がついた。
 
勘三郎の葬儀での三津五郎の弔辞は印象的だった。
「肉体の芸術ってつらいね。そのすべてが消えちゃうんだもの。」
どんな言葉より、その一言が、心に残った。舞台芸術は、その一瞬にしか存在しない。それを見るために、私たちはお金を出してチケットを求め、遠くの劇場まで足を運ぶ。それを演じる人がいなくなってしまえば、どんなに素晴らしい演技も、二度と見ることはできない。どんなに映像が残っていたとしても、その息遣い、その場の空気、肉体の動くさまを全く同じに再現することはできない。
 
そんな弔辞を読んだ三津五郎も、三年と経たずに亡くなった。勘三郎とは全く逆の、物静かで端正で抑制的な中に思いを込めた演技をする役者だった。真面目な人だった。
 
二人は互いにライバルとしてしのぎを削りながら、認め合い、尊敬し合い、信頼し合った仲だったという。この本は、演劇評論家である作者が、二人をよく知るものとして、交互にその姿を、芸風や生き方の違いを浮かび上がらせながら描いた作品である。
 
勘三郎は、コクーン歌舞伎や平成中村座など様々なイベントを起こし、それまで歌舞伎に馴染みのなかった人々を歌舞伎に呼び入れた。現代的な試みを幾つも行った。だが、その一方で、彼はとことん古典主義者でもあった。彼が本格的な歌舞伎に腰を据え、伝統的な芝居をするその時に、ともに力を尽くそうを待ち構えていたのが、平成中村座には決して出ようとしなかった三津五郎であった。
 
そんな日が来たなら。二人の息の揃った踊りをもう一度、見ることができたなら。失われてしまったものの大きさに、私は溜息をつくほかはない。せっかく忘れかけていた彼らの死を、もう一度思い出してしまった。ただただ、悲しくてならない。

2016/6/2