最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常

最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常

2021年7月24日

145「最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常」二宮敦人 新潮社

筆者は普段は小説家らしい。私はその作品を読んだことはないが。妻が藝大生なのだそうだ。狭いアパートの中でノミを振るい、木彫りの亀を制作したりするという。出来上がったかと思うと、甲羅にフェルトを貼る、と言い出す?なぜだ?何らかのアンチテーゼか、メタファーか、と問うと「亀の甲羅に座れたら楽しいからねえ」と、ただそれだけだったりする。ツナ缶を買ったのかと思うと、それはガスマスクの先っぽだったり、夜中にふと目を覚ますと顔中に紙を貼り付けてドライヤーで乾かしていたり。不思議なことがあまりに多いので、秘境、東京藝大について調べ始めたという。

同じ東京藝大でも、音校と美校ではテイストが違う。校門にしばらく立っていると、その生徒がどちらの所属かが見分けられるという。たしかにそうかも。美校はよりアバンギャルトっぽいし、音校はきちんとしていそうだ。

芸術なんてそもそもが教えられるものではない、と美校では言われるが、音校では師弟関係が実に親密で、邦楽部門などはより厳しく密接なものとなっているようだ。誰に師事したか、を表明するのも音楽部門のみの特徴で、美校、とりわけ油絵科なんて、油絵を描かなくてもいい等から、もうやりたい放題、師弟もへったくれもないみたいだ。

藝祭の学長の挨拶というのがかっこいい。

「おまえら、最高じゃああああああアー」
やんややんやの大喝采。学長、センスをぶん回しながら続ける。
「毎年見とるけど、今年はとぉーくによかった!最高!素晴らしい!ええか、これからの日本には、お前らの力が必要なんじゃあああア!ニッポンの文化芸術を背負うのは、お前らじゃあああア!以上ッ!」
会場大ウケ。かくして三日間の藝祭の幕が上がる。
                 (引用は「最後の秘境 東京藝大」より)

卒業してもアーティストとしてやっていけるのはほんの一握りだという。卒業後、半分くらいは行方不明だというのだ。平成27年度の進路状況では卒豪勢486名中「進路未定・他」が225名である。いわゆる就職をした人は48名。毎年一割にも満たないという。何年かに一人、天才が出ればいい、あとの人はその天才の礎だ、と入学時、学長は言ったという。藝大とはそういう大学なのだ。

と言うけれど。私の知っている東京藝大卒のひとは、しごくまっとうな常識ある社会人なのだけれどなあ。

2016/12/29