理由のない場所

2021年7月24日

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「理由のない場所」イーユン・リー 河出書房新社

 

この本を否定するわけではないが、今読まなくても良かったのにな、と思ってしまった。というのも、途中でわかったのだが、これは、自殺した息子と、母親との対話の物語である。時間を超えて、本当はもういないはずの息子とずっと言葉をかわし続ける、作家である母親。静かで冷静で言葉の正確さにひどくこだわる。息子は反抗したり批判したりするが、終始穏やかではあり、そして死の核心には決して触れない。
 
作者は中国からアメリカへの移民であり、英語で表現する。母語で書かないことはある種の開放であるという。なぜなら彼女の母親は英語を解さないから。後書きによると彼女自身も何度か自殺を試みたことがあり、その最初はまだ十代、中国にいた頃のことだったという。アメリカでも鬱を病み、自殺未遂を起こしたことがある。そして、2017年秋、息子が自死する。
 
夜中から朝までの数時間を執筆に当てる生活を彼女は十年間続けたという。それなら、家族に迷惑もかからず、仕事にも影響が出ないから。けれど、それは健康には悪影響を及ぼした、と書かれている。母国ではない場所で、母語ではない英語表現の正確さにとことんこだわり、親に心のうちを読まれないことに安心しつつ、家庭の中の母親、妻としての役割に支障がない状態をキープし書く作品が評価され続ける。そんな完璧を目指していたら、誰だって鬱にもなりそうな気がする。
 
最近、日本では、完璧を目指していた若者が死んだ。彼の死は、彼をそれほど好きでもなかった人間にまで、大きな衝撃を与えた。なぜなら、彼は、実に完璧に見えていたから。誰も、彼の葛藤に気づかなかったから。完璧は、人を殺すのかもしれない。そして、この本の作者の息子も、完璧を目指していたのかもしれない。
 
・・・などということを、考えてしまった。本当は違うかもしれないのに。この本はきっかけに過ぎないのに。今のこの状況で、追い詰められる人が大勢いることを思って、どんどん私は憂鬱になってしまった。
 
今読むべき本ではなかったのかもしれない。あーあ、間違ったなあ。

2020/7/31