KAGEROU

KAGEROU

2021年7月24日

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「KAGEROU」 齋藤智裕 ポプラ社

出版されたのは2010年だっけ。ポプラ社の強気の売り方に賛否両論あったけど、結局ちゃんと売れたのかな?図書館で借りようと思ったって、絶対何百人待ちだし、そんなに興味もなかったのだけど、さすがにほとぼりも冷めたのかな。私は中学校の図書館の片隅でひっそりと佇んでいるこの本を発見して、話題性半分で、というか、公共図書館じゃ、まだ待ち状態だろうし、という気持ちで借りてきてみた。

読んでみたら、はい、普通におもしろいんですけど。そりゃ、文章力とか文句をつけたら色いろあるだろうけど、もっとひどい文で売れてる本なんてたくさんあるよ。あんなにあれこれ叩かれたのは、やっぱり作者がイケメンで誰もが羨む経歴だったからだろうか。といっても、私はタイプじゃないんですけどね、彼。だからこそ、ごく普通に読めたし、普通におもしろいとも感じた。

それはともかく。ある意味でタイムリーな読書であった。先日、六歳以下のお子さんの臓器提供による移植手術がニュースになっていたでしょう?ご両親は素晴らしい選択をされた、と絶賛の声が多かったけれど、私は複雑な思いでいた。

もちろん、ご両親は悩みに悩んで苦渋の選択をなさったのだろうし、その判断の可否を言う権利は私にはない。そういう判断をされたのだな、と事実をそのまま静かに受け止めると共に、ご両親のこれからの人生が穏やかで少しでも幸せなものであってほしいと心から思う。それは、もちろん、そう思う。けれど、その一方で、そうやって我が子の臓器を提供する親を素晴らしいとほめたたえることや、涙を流して感動することに、私は違和感を感じずにはいられない。

私は、我が子の臓器を提供しない親だ。たとえ脳死を宣言されたとしても、最後の最後まで、奇跡を祈って、あきらめずに見守りたいと考える。子どもの体は子どものものであって、親がその行き先を決める権利はないと私は思う。我が子自身が、提供を望み、その意思を確認できるならともかく、六歳以下という年齢で、親が何を決められるのか?と私は、思う。

カズオ・イシグロの「わたしを離さないで」を読んだことも影響しているかもしれない。臓器移植という問題は、素晴らしく美しいものだとばかりは言えないのだ。人間のあり方、命の根幹に関わる大きな問題を含んでいて、簡単に結論を出せるような問題ではないと思うのだ。

・・とこんなことを何故書いたかというと、ネタバレになっちゃうんですけどね。この本は、臓器移植にかかわる題材が書かれているのだ。

途中で最後のどんでん返しがわかっちゃう弱さはあったけど、結構ちゃんとぐいぐい引っ張る力はあった。ちゃんとものを考えてるのね、君、と思える物語ではあった。そして、その裏側に、彼の生きてきた芸能界という社会もちゃんと見えてるのがわかった。

これから、また書けるのかなあ、この作者は。次回作を期待、ってあまり思えないのはなぜだろう。どこか危うげなところを、やっぱり感じてしまうけど。でも、どこの世界で生きるにしても、頑張れ、と思う。そう、頑張れ。

2012/6/22