母がしんどい

母がしんどい

2021年7月24日

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「母がしんどい」田房永子 新人物往来社

 

いやはや、本当にしんどい本だった。ほのぼの系の絵柄の漫画なのだが、内容はひどくしんどい。
 
主人公エイコの母は、元気でひょうきんでみんなを笑わせるのが大好きな人なのだが、いきなり豹変して怒鳴り、怒り、支配する。夏休みの工作は全て母が作り、いきなりピアノやバレエを習わされ、かと思うと受験のために全てやめさせられて塾へ行かされる。ブラジャーは絶対に買ってくれないし、友だちとの旅行をキャンセルさせられて、母子のイタリア旅行へ連れて行かれる。
 
大学受験の朝に部屋の片付けを強要される。何とか済ませて慌てて出ていこうとするとタクシーを呼ばれ、歩いて行くというのに、無理やり乗せられる。が、後ろを角材(!)を持って追いかけてくる母なのである・・・。
 
エイコは、母が気に入る恋人とは別れ、自分で結婚相手を見つけて結婚する。妊娠して、母の魔の手はまた迫ってくる。距離を取ろうと引っ越し、メールアドレスを変えても、いつの間にか、また会うはめになる。精神的に追い詰められて、精神科を受診して、初めて気が付かされるのだ。
 
はっきり言いますけどね
あなたはとんでもない親からとんでもない育てられ方をしたんです
でもそれを自分で拒否してきた
おかあさんをぶったり家で暴れたり家出したり
普通で考えたらおかしいことでもね
あなたはそうやってとんでもない親から自分を守ってきたんです
一人で戦ってきてえらかったと思うよ
あなたはひとつも間違ってないから 自信を持って子どもを生んで育ててください
 
 (引用は「母がしんどい」田房永子 より)
 
 
こういう親子関係は、たしかに、ある。おそろしいほど、ある。子育て関連の掲示板などを覗くと、母親との関係性にあえいでいる女性がいくらでもいる。テレビ番組で、重い母について特集が組まれると、いつも大きな反響がある。子を支配し、思い通りにならないと力づくでがんじがらめに縛ろうとする母は、たくさんいる。
 
この本の作者は、母の支配に気づき、そこから脱却しようとした。この本を書いたことも、そのための方策のひとつである。彼女には夫がいて、子どもがいる。本も書いた。つらい過去もある、今も父と母は健在で、何かといえば関わりができてもしまう。だとしても、少なくとも、支配されるばかりの人生からは逃れることができるだろう。より良き人生を、と私も願う。
 
だが、その一方で、この恐ろしい母親は、どんなにか空っぽの思いでいることだろうとどこかで気が遠くなる私なのだ。子からしたら、支配し、虐待し、縛り付けるとんでもない母だ。だが、彼女には、そうせずにいられないなにものかがあったのだろうと私は思わずにはいられない。
 
受験の朝、片付けをせよとあからさまに娘の邪魔をしておきながら、間に合わないといけないと考え、タクシーを呼んでしまう。いらないと言われると逆上し、無理やり乗せても、腹立ちのあまり角材をもって追ってしまう。子を思う心と、自分の思い通りに支配したいという欲望と。揺れ動く心が、むちゃくちゃな行動に駆り立ててしまうのだ。
 
たぶん、彼女は良い母でありたいと願ってはいるのだ。おかあさん大好き、お母さんの言うことは全部正しい、私はお母さんのいうことだけを聞くわ、という従順な娘がいてくれたら、きっと彼女の心の穴は塞がれるのだ。認められたい、愛されたい、崇拝されたい。不安で自信のない心を埋める道具として、子どもが必要だったのだ。
 
けれど、子どもは成長して、自分の世界を持ち始める。母を否定し始める。思い通りにならない。こんなに手間を掛け、お金をかけてやったのに。私の人生をかけていたのに。と、彼女は思う。そんな彼女の心の中の空っぽの穴は、いったい、誰が、どんな風に埋めてくれるのだろう。
 
大人なのだから、その穴は自分で埋めなくちゃいけないのよね。そうだ、それは知っている。でも、それを学べなかった、教えてももらえなかった、愚かで寂しい母の気持ちを思って、私はなんだか辛くなる。でありながら、悪魔の様な母だと切り捨てて、寂しく老いて行けと言い切ることが、きっと子どもの新しいスタートとなるだろうとも同時に思う。
 
自分の人生を、自分のために歩むのは、実はとても難しい。そして、人はだれだって、いつも誰かに支えられている。支えが依存にならないように、過度の負荷とならないように、気遣い合いながら上手に生きていけたらいいのだけれど。時として、それがうまくいかないこともある。そのことを、せめて忘れないでいたい。
 

2014/11/10