「国境なき医師団」を見に行く

「国境なき医師団」を見に行く

2021年7月24日

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「「国境なき医師団」を見に行く」いとうせいこう 講談社

 

いとうせいこうは、私とほぼ同年代で、学校も同じで、考えの方向性も割と似通っていて、ふざけた奴なのにもかかわらず、時々考え込みすぎて鬱っぽくなったりするのまで同じなので、勝手にシンパシーを感じている。そんないとうせいこうがハイチ、ギリシャ、フィリピン、ウガンダに「国境なき医師団」を見学しに行った記録がこの本だ。
 
「国境なき医師団」の名前は知っていた。崇高なことを成し遂げる人たちだという敬意も感じていた。だが、実態は何も知らなかった。この本を読めば、彼らは聖人君子なんかではなく、自分にできることを、できる限りにおいてやっている普通の人たちで、でも、誰かの役に立つことをするというのがどんなに大事なすごいことなのかも、ちゃんとわかる。難民や、虐げられた人たちは、もしかしたら自分だったかもしれない、彼は私だったかもしれない、ということに気づくかどうか、そこが大事なのだとわからせてくれる。
 
いとうせいこうは、とても真っ直ぐに、なんのてらいも恥じらいもなく、ストレートに思いを言葉にしている。私は、その潔さに感服する。もしかしたら辛いことばかり待っているかもしれない赤ん坊の命を救うことに疑問を感じるよりは、生きること、命の素晴らしさを信じる方に加担したい、と私も思う。
 
「国境なき医師団」は難民でもスタッフでも、そのメンタルヘルスをとても重要視している。傷が治った、病気が治った、はい、良かったね、ではない。心の傷がどうであるか、どの様に回復したのか、をものすごく気にかけている。日本の医療にそれはあるのだろうか、と振り返りたくなるほどに。どんなに近代的な医療システムがあって、素晴らしい衛生的な病院で立派に病気を治されても、心を病んでしまう人はたくさんいるものね。そんな事も考えてしまう。
 
難民を銃殺してもいいみたいなことを冗談交じりに言うような政治家が平気で君臨するこの国で、国境を超え、誰でも命を助けようとする彼らのことを考える。世界平和のために、何ができるか、という問いに、家へ帰って家族を大切にしなさい、とマザー・テレサは言ったそうだ。そう、私達にできることは、きっとそこから始まるのだと思う。大事な人を大事だと思うこと。そして、それは誰にでも同じようにある気持ちなのだとわかること。自分は、溢れる難民の一人だったかもしれない、その一人には生まれてからこれまでの大事な歴史があり、愛した家族があり、人としての尊厳があると理解し、想像すること。
 
いとうせいこうは、いい仕事をした。この本は、とても良い本だ。多くの人に読んでほしい、と心から思った。

2018/5/1