いま生きているという冒険

いま生きているという冒険

2021年7月24日

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「いま生きているという冒険」 石川直樹 理論社

「For Everest ちょっと世界のてっぺんまで」が良かったので、夫が借りてきた本。理論社の「よりみちパン!セ」シリーズだから、本来は子ども・・というか、ヤングアダルト向きの本だ。字は大きくて、ルビも振ってある。こんな本を子どもに読ませたくないと思う大人もいるかもしれない、と私はちょっと思う。だって、ちゃんと勉強して、受験して、いい学校に行って・・・という普通の道を踏み外し、自分だけの道を歩くことの凄さ、素晴らしさを書いている本だもの。

全部で七章に分かれているけれど、その一章一章で、本が一冊ずつ書ける内容だ、と先に読んだ夫が言っていた。またまた、そんなこと言って・・と思いながら読んだら、あらまあ、一章で上下巻に分けなきゃいけないくらい凄いことをさらっと書いちゃっている。

高校時代にインドを一人旅したのを皮切りに、アラスカの川をカヌーで下り、北極から南極までを踏破する旅をし、世界七大陸最高峰登頂の最年少記録を塗り替え、ミクロネシアで伝統航海術を学び、熱気球で太平洋を横断し・・・。そのかたわら、私の出身大でもある某大学を卒業し、いまは東京芸術大学の博士課程で学んでいるらしい。

彼を最初に悪の道(?)に誘い込んだのは、若いころバックパッカーだった世界史の教師だ。授業中に、自分のインド旅行の経験を語り、インドに行きたい奴は話を聞きに来い、と言ったのだそうだ。話を聞きに行ったのは、彼一人だった。クラスメートが受験勉強に励む夏休み、彼はバイト代を貯めたお金で一人インドに旅に出た。そして、そこからネパールまで足を運ぶ。ヒマラヤ山脈を見て、いつかここに登ってみよう、と彼は思ったのだ。

その旅のおかげで浪人した彼を、次に更に悪の道(?)に誘い込んだのは、カヌーイストの野田知佑だった。野田さんは、椎名誠の「岳物語」に出てくる犬のガクの父ちゃんだ。(椎名誠は、いわばガクの養父だ。)あらまあ、野田さんが、若い子の道を誤らせたのね、と笑っちゃった。いやいや、すごいことです。

そこから、まあ、次々と彼は冒険を重ねるわけだが、文章を読んでいても、全然凄いことをしているという感じがしない。彼は、ただ、やりたいことに真摯に向かっているだけで、自分が大した人間であるとはこれっぽっちも思っていない。それが、はっきりと伝わってくる。

題名の「いま生きているという冒険」はまさに彼の姿勢そのものだ。いま、生きていること、そのことがすごい冒険なのだ。世界の中でたった一人である「僕」という人間を生きることこそが、彼にとっての冒険なのである。

この本をうっかり読んでしまう若い人がいるといいな、と思う。そして、ちょっとインドあたりに一人で行ってみようかな、なんて考えちゃって、そこで道を誤って・・・。いや、また、ごく普通の日常に戻ったっていい、インドなんて行かなくたっていい。だけど、誰かに言われるまま、日常を過ごすのではでなく、世界の中でたった一人の存在である自分を生きよう、と思うことができたなら。そうしたら、たとえ皆と同じ毎日を過ごしていたって、その人にとって、世界は冒険で満ちているんだと思う。

2012/4/21