なんらかの事情

2021年7月24日

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「なんらかの事情」岸本佐知子 筑摩書房

「居心地の悪い部屋」を翻訳した岸本佐知子さんだ。あの本はじつに変だった。居心地が悪かった。そして、あの本みたいなテイストのエッセイが、この本には詰まっている。

ある時、それまで全く無関心だったアロマテロピーに彼女はハマった。思いがけずに鬱屈が軽くなったベルガモットから始まり、リラックス効果のあるラベンダー、頭をスッキリさせるグレープフルーツ、疲れを癒やすローズマリーなどなど。道具も買い揃えた。

 三か月ほど経ったある日、青山のお洒落アロマショップで、衰えた気力を高め魔除けの効果もある十グラム九千八百円のヤロウというオイルを買おうかどうしようか逡巡していたら、頭の片隅でふとこんな声がした。

  アロマでごわす。

 その瞬間、目に入るすべてのものが、ごわす化した。ヤロウでごわす。ダマスク・ローズでごわす。ポットでごわす。ショップでごわす。お洒落でごわす。青山でごわす。それと共に、私の素敵なアロマ生活がみるみる分解し私から遠ざかっていくのがわかった。癒やしが。浄化が。ベルガモットが。ユーカリが。スポイトが。無水が。エタノールが。
「ごわす様」はその後もたびたび現れては、私の素敵生活を一瞬にして無効化した。ジャム作りしかり。フラワーアレンジメントしかり。干し野菜しかり。

(引用は「なんらかの事情」より)

「ごわす」には「ごんす」「がんす」「やんす」「でげす」などの仲間がいたらしい。

2013/11/27