エリザベスの友達

エリザベスの友達

2021年7月24日

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「エリザベスの友達」村田喜代子 新潮社

村田喜代子が好きだ。新作が出ると、すぐに読む。この人の書くものを、信頼している。

今回は老人ホームの話だ。「ひかりの里」に住む97歳の初音さんとその娘を中心に、他の入居者やその家族の姿が描かれている。

初音さんは戦前、大陸の天津にいた。天津の租界は華やかで国際的な地域だった。認知症になった初音さんは、内面がどんどんと若返っていき、今は二十歳の新婚時代に戻って、心は天津にいる。天津は、満州の最後の皇帝溥儀と婉容が過ごした場所でもあり、その思い出が密やかに語られてもいた。婉容の英語名はエリザベス。

初音さんより二つ年下の乙女さんは、時々大暴れするが、「コウゴさん」とよばれると、とたんにおとなしくなる。「コウゴさん」がどういう意味が介護士たちは誰もわからないが、そう呼べばいいという申し送りだけがされている。「コウゴさん」とは一体誰なのか・・・。

88歳の牛枝さんは馬や牛の夢を見ている。軍馬になって徴用された馬たちが、彼女を囲んで和やかに話しかけてくる。

憲兵だった男性は、外国語の歌を聞くと「敵性語である!」と怒鳴り、大学教授だった男性は、それにも負けずにフランス語で歌う。

老人ホームは大変なカオスだが、暖かく満ち足りた空気もある。毎日様子を見に来る子どもたちもまた老人で、それぞれに歴史を背負い、生活を背負って、語り合う。

年をとるということを、こんな風に切り取る事もできるのだなあ、と思う。村田喜代子の視線は、静かで受容に満ちて、でもセンチメンタルではない。この絶妙のバランスが素晴らしい。

作品執筆の強い契機となった松井由利子さんの短歌が最後に掲載されていた。

もう誰も私を名前で呼ばぬから
   エリザベスだということにする
               歌集「大女伝説」(短歌研究社刊)より

2019/3/18