ロッコク・キッチン

ロッコク・キッチン

2 川内有緒 講談社

Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞作。川内有緒は良い仕事をする。この本もとてもよかった。

国道六号線。通称ロッコク。東京の日本橋を始まりとし、千葉、茨城、福島を経て宮城県仙台に至る360kmに及ぶ幹線道路。その沿線には事故を起こした福島原子力発電所がある。事故当時、多くの町には避難指示が出された。ようやく避難指示が解除されたのは事故の四年半後。ぽつぽつと人は戻り始めているが、いまだに帰還困難区も大幅に残っている。川内有緒はこのロッコク沿いの人々が、みんな、何食べて、どう生きているんだろう?と考えた。ロッコク沿いの地域の食や暮らしを映像に残し、地域の人々のエッセイを集め、記録を残そうと仲間を集めた。

町役場に相談に行きエッセイ募集のチラシをポスティングし、エッセイをくれた人を訪れた。人づてに紹介を受けてさまざまな人の料理の現場を取材し、一緒にご飯を食べた。震災や原発事故の記録を移す小さなミュージアム「俺たちの伝承館」に行った。東電を辞めて引退していたのに、震災後に福島に戻った人もいた。インドからきて人の少ない町でチャイを作っている女性もいたし、中国からやってきて小学校で勉強をしながら、出会った人に手紙を書き続けている人もいた。更地に夜だけ開く本屋「読書屋 息つぎ」も訪ね、星空を見ながら本を買い、話をした。ロッコク沿いの家に実ったという柿を貰って、放射線を気にして食べるべきかどうか真剣に悩み、結局食べないこともあった。様々な出来事や、いろいろな人との出会いが、今、この時のロッコクのたくさんの姿を見せた。震災や原発事故を超えて今もそこで人が生きるということ。記憶するということ、記録するということ、覚えておくということ、忘れないということ。それらを、こんな形で残すことができる、と教えられた。

人が生きる。毎日、何を食べようかと考え、買い物したり料理したり、そして、誰とどんな風に食べて、どう片付けるのか。そういうことの積み重ねが生きるということだ。家に帰れば当たり前に食事が準備され、なんだまだできてないのかと文句を言い、適当に食べて残すこともためらわず、おいしかったの一言も言わずふんぞり返っているような人を私は信じない。食べながら、しゃべったり笑ったり泣いたり怒ったり。暖かいねと言い合ったり。毎日を生きるって、本当はそういうことだ。

以前、通信教育業界のHPにブログを連載しているころ、東大で優秀な成績を収めている若者が「戦争体験なんて語らなければいい、聞かなければいい」と主張して来たのが忘れられない。そんな感情に引きずられるから為政者は正しい判断ができない。数字的なデータだけ残して、怖かった、悲しかった、悲惨だったなどという記憶は切り捨ててしまった方が冷静に物事を判断できるのに、と彼は言った。彼にとって生きるとはデータだったのか。ご飯を作って、食べて、味わって、笑い合う、ほっとする日々なんて無駄なものなのか。おそらく日本の優秀なリーダーの一人になるであろう彼の言葉が、私は悲しく恐ろしく、そんな彼にうまく思いを伝えられない自分が不甲斐なかった。ほとんどトラウマのように今もそのことを思い出す。彼はどうしているだろう。この本は、彼が言ったのと全く逆のことを描き出す。その静かな力強さ。私はこちら側に感動する。