井田真木子と女子プロレスの時代

井田真木子と女子プロレスの時代

2021年7月24日

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「井田真木子と女子プロレスの時代」井田真木子 イースト・プレス

私は女子プロレスというものを、全く見たことがないし興味もない。だが、井田真木子というノンフィクションライターには非常に興味がある。書き手への興味だけで、何の接点もないテーマについてこれだけ分厚い本を読むのはなかなかの苦労であった。が、読み進むうちに、ぐいぐいと引っ張られていったこともまた確かである。

この本は井田真木子が「Deluxeプロレス」という雑誌に書いた女子プロレス関連記事を集めたものである。文藝春秋で井田真木子の担当編集者だったことのある柳澤健は、井田の没後、彼女の長与千種へのインタビュー記事をいつか誰かが出版しなくてはならない、と考えるようになったという。数人の編集者に声をかけたが、昔の女子プロレスラーのインタビューなど商売になるはずがないと断られ続けた。が、2014年10月にイースト・プレスの編集者から「里山社の『井田真木子著作選集』に重版がかかったので今なら会社を説得できるかもしれない」と言われたという。

この本の最も読み応えのある部分は、長与千種のインタビューである。長与千種は全日本プロレスを引退する前後に井田真木子と決別し、その後の関係性を拒絶している。そんな彼女を、長年に渡るファンの一人が熱心に説得することで、この本は成立した。説得してくれてありがとう、とそのファンに言いたい。この本に登場する長与千種は、ひたむきで純粋にプロレスを愛する真摯な若いレスラーである。女子プロレスを一度も見たことがない私も、長与千種というひとりの人間を追うことで、プロレスの魅力をおぼろげに理解することが出来る、気がする。

宇野久子という初々しく純粋なレスラーが登場する。彼女こそが今の北斗晶である。また、「プロレス少女伝説」の主人公である神取忍も登場している。彼女らのその後を知る私が、その当時の姿を読む。何か、ある種の答え合わせをしているような感覚があって不思議であった。

井田真木子というライターは取材を単なる取材で終わらせない。存在感はあるけれど圧迫感はない、と相手に言わせている。インタビューの中に、対象者の生き方そのものに静かに働きかけて何事かを変えさせてしまうような熱がある。それが時として長与千種やライオネス飛鳥との軋轢を呼ぶことになってしまったのかもしれない。

強いエネルギーを込めた言葉を読み続けて、最後のページを閉じた時には疲れ果てていた。ノンフィクションの書き手は、この人の残したものを読んで、ある種の敗北感や焦りのようなものを感じずにはいられないのではないか、と思ってしまう。命を削るような書き方しか出来なかった人なのだろうと思えてならない。

2016/4/16