全部ゆるせたらいいのに

全部ゆるせたらいいのに

2021年7月24日

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「全部ゆるせたらいいのに」一木けい 新潮社

 

いえいえ。私の提案としては「全部許さなくていいのに」に改題しましょう、であります。ついでに、物語の方向性も、逆にしていただきたい、と願ってしまう。
 
せっかく結婚したのに、深酒するようになった夫。子育て中の不安、ストレスも相まって、友だちのところに家出する主人公。強く反省した夫が迎えに来て、また家に戻る。そんな彼女の父は強度のアルコール依存症だった。そんな父との壮絶な日々が描かれる。
 
お酒が入っていない時には優しくて賢い知的な父なのに、一度飲み始めると、理屈をこね、家族をなじり、理不尽な行動をし、ついには暴力に走る。どこかを徘徊し、物をなくし、酔いつぶれて保護される。そして、それらのことをすべて忘れる。
 
そんな父を必死の思いで騙し騙し病院まで連れて行く。すぐに入院させてもらえると思ったのに、依存症治療プログラムの短期間コースを選択した父に、一週間後に来てね、とこともなげに言う医師。その一週間を、どう過ごせばいいのか、途方に暮れる主人公。
 
母親は、そんな父を捨てることが出来ない。父が亡くなってから、何故と問うと「好きだったから」と答える。それを聞いて、全部許せたらいいのに、もっと父に優しく出来たら良かったのに、と思う主人公。
 
いやいや、違うでしょ。母は、我が子を全然守らなかったじゃないの。好きだから、という理由で、我が子を壮絶な場所に押し出して知らん顔してたじゃないの。言われたら子供に一升瓶を買いに行かせたじゃないの。重くて、惨めで、つらい思いをさせたじゃないの。
 
もっと優しくするんじゃなくて、さっさと母子で、捨てればよかったんじゃないの。許さなければよかったんじゃないの。お酒なんて買ってやらなければよかったんじゃないの。病院に苦労して連れて行かないで、どこかに放置して、野垂れ死にするならすれば、と切り捨ててしまったら良かったんじゃないの。と、私は思う。本気で思う。
 
赤塚不二夫、中島らも、吾妻ひでお。みんな、お酒がなければもっと長生きできただろうし、もっといいものを書けたかもしれない。アルコールに溺れて死んでいった人たちを思うと、周囲が「優しく」酒を与え続けたことが間違いだったんじゃないの、と思わずにはいられない。
 
子供は親を選べない。子供は自分を守れない。親の酩酊を自分のせいだと思い、自分を傷つけ、自分を責める子供たちを作り上げていることに、アルコール依存症の人たちは気がつかないのだろうか。せめて、自分ひとりでダメになれ。子供を巻き込むな。子供が、大人になっても一生、心の中に傷を抱えて行きていかねばならないことに、早く気がつけ。
 
全部ゆるさなくていいのに。と思う。共依存の罠から抜け出さなければ、自分の人生を歩むことが出来ないよ。それにしても、主人公の夫、本当に大丈夫か。一度共依存の輪の中に入ると、抜け出したつもりでも、次の輪の中に自分から飛び込んでしまう人って多いんだよなあ。心配だ。
 
それにしても、父に振り回されるエピソードから、夫の帰りを待つ不安な心境まで、恐ろしいほどのリアリティに満ちている。すごい小説だ、と思った。

2021/3/14