戦場のピアニスト

2021年7月24日

「戦場のピアニスト」ロマン・ポランスキー監督

図書館が閉館になってしまうと生活に困る(笑)。それで映画に走ったのだが、これは辛かった。どれくらい辛いかと言うと、あの「ミリオンダラー・ベイビー」よりも辛いくらいだ。ミリオンの方は、少なくとも一気に見続けられたけど、ピアニストの方は我慢ならなくて、途中で止めて、翌日続きを見るのを三回ほど繰り返さないと最後まで到達できなかった。

ナチス占領下のポーランドで、ピアニスト、シュピルマンは死の収容所に送られることから奇跡的に逃れ、ゲットーの廃墟に身を隠して戦争を生き延びる。最後には彼を密かに助けるドイツ人将校も登場する。これは、実話だそうだ。

何が怖いって、ごく当たり前の日常を送っていた家族が、家を追われ、ゲットーに押し込まれ、ある日荷物をまとめて15分以内に全員外に出ろと言われて、収容所送りの貨車に詰め込まれるまでの過程が一番怖い。その後の、シュピルマンが一人でドイツ兵から身を隠して、追われたり逃げたりすることよりも、大勢の不特定多数のユダヤ人たちが、黙々と死に追いやられていく前半部分のほうがが、身の置き所がないほどに恐ろしい。

大勢を立たせて、その中から数人おきにランダムに人を選んで前に出させ、「伏せろ」と言って道に伏せた瞬間、次々に頭を撃ち抜いて、「残りは荷物を用意しろ」と平然と命令する。「どこに連れて行かれるんですか?」と質問した女性も即座に射殺される。人を殺すことが、まるでじゃがいもか何かを選別して別の袋に投げ入れる作業みたいに何の感情もなく行われる。それの連続が、胃がよじれるほどに怖い。

ドイツ兵だって、ナチスドイツだって、ひとりひとりはふつうの当たり前の人間であって、家に帰れば家族もいるし、美味しいご飯も食べたいし、みんなで笑い合ったりする日常がある。ユダヤ人だって同じだ。なんで、そんな当たり前の人間が、当たり前にある人種だけを集めて、ランダムに殺したり、一緒くたに集めて一気に殺したりできるのか。そう上官に命令されたから、職務に忠実であることは美徳であるから、何も感じないのか。そんな訳はない、そんな事があるわけがない、と思う。

上官の命令に従ったら倫理に悖る行いだった、という事例を私達は身近に知っている。週刊文春の今週号に手記が載ったからね。そのせいで、死を選ぶことになった人がいる。そのことと、この映画は、どうしても私の中ではつながってしまう。たった一人の人が死んだことだけれど、その死を平然と利用してはばからない人間が、今、大勢が死ぬかもしれない疫病の前で手をこまねいている。自分たちの利益を優先して、本当に、心からみんなの命を守ることを願って必死になっているとは到底思えない。そんな人達に、私達は国を、命を委ねてしまっている。

いろいろなことを考えて、辛くて何度も止めながら、数日かけて最後まで見切った。嫌な夢まで何度も見た。こんなつらい思いをせねばならないのなら、見なければよかった、とは思わない。大事なことから目を背けてはならない、と気が付かせてくれた映画だったから。

2020/3/24