新「ニッポン社会入門」英国人、日本で再び発見する

新「ニッポン社会入門」英国人、日本で再び発見する

2021年7月24日

35

新「ニッポン社会」入門 英国人、日本で再び発見する」

コリン・ジョイス 三賢社

英国人コリン・ジョイスは1992年に来日し、東京特派員やフリージャーナリストとして活動の後、2007年に渡米、2010年に帰国。以後も度々日本を訪れている。『「ニッポン社会」入門』という前作があるらしい。

神戸と東京に住み、街中と周辺を歩きまわり、球種を制覇し、四国を旅して回り、広島や新潟にも何度も行き、名古屋にも一度は行って、金沢、岡山、倉敷、利尻島、直島、三宅島、桜島にも行き、能登半島迄ヒッチハイクし、沖縄で仕事をし、『雨男』や『別腹』と言った言葉も使う。2014年からは会津若松、秋田、平泉、弘前、松本、長野も回った。つまり、かなりの日本通の英国人である。そんな彼が書いた、日本についての本が、本書である。

子ども時代、私は、何かの雑誌で、海外で日本がどんなふうに見られているか、という記事を読んだことがある。そこには、フジヤマ、ゲイシャ、そして出っ歯でメガネを書け、目のつり上がった小柄な男たちがお辞儀をしている姿などが載っていた。そんなふうに見られているのか!!とかなり驚いたのを覚えている。その後、「日本はどんなふうに見られているのか」問題は、ことあるごとに目の前に登場した。雑誌や新聞記事、本もあったし、テレビでも度々取り上げられた。海外で評価を受けることは国内でほめられることよりも誇らしいこととされていたし、日本が独特であり、理解しにくい存在であると強調されることも多かった。最近では、アニメやまんがが独自の地位を築いていること、和食が高く評価されていることなども報道されている。

たしかに子どもの頃は、日本が誤解されていることに非常なる憤懣を覚えたものだ。が、大人になるに連れて、だんだんにどうでも良くなってきたような気がする。そして、今となっては、日本がどんなふうに捉えられていたとしても、まあ、別にいいかなあ、としか思えなくなっている。

日本人は外国人が自分たちをどう見ているかということに非常に関心がある(個人的にはとても助かるが)。この空気を同じくらい感じられる国はほかにない。
                (引用は 新「ニッポン社会入門」 より)

と彼は書いている。そして、アマゾン奥地に住む部族の調査を行ったら、フランス人はこの部族の食文化と性生活と社会的価値観について調べ、アメリカ人は部族が生み出す産品と土地の天然資源と交易の可能性について調べ、日本人は、彼らが日本をどう見ているか調べた、という外国人ジョークを披露している。

確かにこの国では、人にどう見られているか、を大きな基準としている。でも、そういう人間ばかりでもないんだよなあ、とも思う。なんかそういうの、面倒になってきちゃった、という人も案外いるように思う。それも、年をとるに連れ、そういう携行が強まっている。・・・って、私の話か。

そういうわけで、この本自体が、私にはそれほど興味深いものではなかった。日本滞在期間の長い外人が、日本について、英国人らしいある種傲慢な目で見下ろして書いた本だなあ、と思うにとどまる、そんな本であった。

2016/5/27