新世界より

新世界より

2021年7月24日

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「新世界より」(文庫版 上・中・下)貴志祐介 講談社

夫が図書館に予約したら、先に中・下巻が来てしまった。仕方ないので、じりじりと上巻を待っていた。図書館のホームページで調べると、上巻を握っている奴が、いつまでも返却しないのが見て取れた。そうこうするうちに、返却期限が来てしまった。仕方ないから、読みもしないで、中・下巻をいったん返却した。
「あいつ、全巻が揃ってから、読み始めようって魂胆じゃないのか。」
と、夫はもう、先に借りた人をあいつ呼ばわりしている。程無く、上巻が返却され、やっと夫の手に入った。と、思ったら、もう、読み終えちゃったのである。中巻に移りたくて、夫、うずうずしている。
「だけど、あいつは読むのが遅いからなー。」
もう、知ってる奴みたいになっている。そして、もう、我慢ならん、と、中・下巻はとうとう買ってしまった。というわけで、我が家には、中・下巻だけが残っている。

あっという間に夫が読み終えた上巻を、それほど面白いのなら、と私も読み始めてしまった。なるほど、これは止まらんね。長い長い話なのに、ダレる所がなく、どんどん読み進めたくなる。すごい。

でも、サワキは無理じゃないかと思ったんだよ、と夫が言う。そうなのそうなの、最初は穏やかな世界なのに、だんだん怖くなってくる。さいごのほうは、もう、あなた、私の一番苦手な、ぐっちょんぐっちょんの、あいたたた、の世界なのよ・・・。

人間が、呪術を持った世界の物語。呪術があるから、テクノロジーとか、電化とかもほとんど必要のない、むしろ素朴な世界が広がっている。一見、穏やかな、温かい、理性に支配された世界。けれど、それを維持するために、世界がどんなシステムで守られていたのかというと・・・・。

これは、何かの象徴である、というふうに読むのは違うと思う、と夫は言う。確かにそうかもしれない。そう考えると、あまりにもあちこち引っかかってしまうし、そもそも、世の中はこうあるべきだとか、人間とはこう生きるべきだという理想を提示しようなんてことじゃなく、とにかく別の世界の物語が、ここまで深く創り上げられている、それを味わえばいいのだろう。

けれど、意図するとしないとにかかわらず、世界は、作者の意識の中から織り出される。ここに表された全てのものが、作者の頭の中から作り出されていて、それは、ささいなことから大きなことまで、彼が何をどのように考えているかによって支えられている。物語とは、作者の全存在から生み出されるものなのだ。そして、私は作者に向かって、否応なくいろいろなことを考えてしまう。あ~、だから、私はファンタジイがあんまり得意じゃないのかもしれない。すぐに現実に戻ってしまうし、足元を見てしまうから。

大きく捉えれば、差別の問題。能力のあるなし、美醜、生まれ育ち等による差別。そして、遺伝子を人間の手によって組み替える倫理的な問題。核兵器、憎悪や想像力。命や死刑の問題。情報や歴史を知ること、知らせないこと。様々な問題が、渦巻いている。

ここに描かれた物語だって、全く別の視点から書けば、ぜんぜん違う物語になる。善悪だって逆転する。私たちは、とても不確かな正しさの中で生きている。

・・・ということは、置いておいて。
結局のところ、私の得意分野ではなかったにもかかわらず、読み辞めることができないほどの吸引力を持った、すごい作品なのでありました。
怖かったけどね。

2011/12/27