殺人犯はそこにいる

殺人犯はそこにいる

2021年7月24日

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「殺人犯はそこにいる 隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件」

清水 潔  新潮社

 

冤罪として犯人とされた方が釈放された「足利事件」を覚えているだろうか。少女を誘拐殺人したとして幼稚園バスの運転手が逮捕され、DNA鑑定が決め手となって有罪となった事件だ。DNAが一致した、と聞けば誰もがまちがいなく真犯人だろうと思う。私もそう思った。ところが、そのDNA判定は極めてずさんなものであった。
 
筆者は桶川ストーカー事件の報道で一躍有名になった記者である、警察よりも先に筆者が真犯人をつきとめ、通報もしていたのに、警察の対応が悪くて犯人は自殺した。それどころか、警察がきちんと対応していれば、殺人事件そのものが防げたはずだということが明らかになった事件である。
 
筆者は足利事件前後に北関東近辺で幼女連続誘拐殺人事件が五件起きていることを気にかけていた。ところが、そのうちの一件、足利事件だけが犯人が掴まっており、有罪判決を受けている。そして、他事件との関連性が否定されている。だが、どう考えてもこれは同一犯による犯行だと彼には思えてならなかった。そこで、足利事件を調べるうちに、これは冤罪であると確信を持つに至るのである。
 
DNAという揺らぐことのないと思われる証拠を前に、彼は再判定を求める。テレビ番組で特集を組む。それは、国会で議題に取り上げられるにも至った。様々なアプローチの果てに、検察側と弁護側、両方がそれぞれに推薦する科学者による再判定が行われ、そのどちらもが容疑者と犯人のDNAは一致しない、という結論が導き出されたのだ。
 
警察が再判定を拒んだのは、深いわけがあった。もちろん、足利事件そのものの捜査において様々なルール違反があったことも否めない。だが、それ以前に、別の事件で、やはり情況証拠しかない殺人犯をDNA判定を元に有罪とし、死刑判決が出、そして刑はすでに執行されてしまっていたのだ。もし、その再判定を行って、DNA判定が間違っていたとなると、警察も検察も司法も、そして刑の執行を命じた法務大臣も、取り返しの付かないことをしてしまったことになる・・・・・。
 
筆者は、この北関東幼女連続誘拐殺人事件について取材を進め、おそらく真犯人だろうと思われる人物を特定するに至っている。ルパン三世に面影の似たこの男を彼はルパンと呼び、逃げ切れるなどとは思うなよ、と結んでいる。
 
私は死刑制度にはかねてより疑問を抱いている。我が子を殺されたとしたら、その犯人を私はこの手で殺したいと思うに決まっている。だとしても、だからこそ、司法というものは被害者とは離れたところに置かれているのだとも思う。被害者感情を慰めるために刑罰があるのではないし、また、殺された者は犯人を殺してももどっては来ない。そして、それ以上に、人が人を裁く限り、まちがいは必ず起こるし、冤罪はこれからも起き続けると思うからだ。もし、無実の人を間違って死刑にしてしまったとしたら。国が、人を殺すことを、私は認めることはできない。
 
この本を読んで、私は改めて死刑制度に強く疑問を持った。どんなに確実だとされている証拠にも穴はあると知った。しかし、筆者は、死刑反対論者ではないという。
 
なぜ、彼がここまで殺人事件の真相に執念を燃やすのか、読みながら私は不思議に思っていた。警察官でも検察官でもないのに、どこまでも事件を追い、捜査を重ねる情熱はどこから来るのか。さらりと書いてあるだけだが、お子さんを事件で失っている、との一行があった。もし、我が子を失ったとしたら、私は犯人を殺したい、と思ったことを、私は思い出したのだった。

2015/5/27