誰でもないところからの眺め

誰でもないところからの眺め

2021年7月24日

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「誰でもないところからの眺め」いがらしみきお 太田出版

30年以上も前のことだ。引っ越しを手伝いに来てくれた男友達にいがらしみきおの「ネ暗トピア」を発見されて、ひどく恥ずかしく思っていたら、実は僕も好きなんだ、これいいよね、と言われて大笑いしたことがある。いがらしみきおはその頃、とんでもないエロネタの漫画ばかり書いていたのだけれど、その奥底にある深い深いものを、どうしても隠せずにいた。

それから彼は急転換して「ぼのぼの」なんかを書きだしたので驚いた。「ぼのぼの」は動物ネタのほのぼのとした漫画のはずだったのだが、やっぱりその奥底には深い深いなにものかがあって、それが私を惹きつけた。

と思っていたら、今度は「I」や「ジヌよさらば~かむろば村へ」みたいな路線に移って、ついにこれが到達地点なのか、と驚いた。この「誰でもないところからの眺め」はその路線が究極のところまでたどり着いたような作品だ。もう、どうしたらいいかわからない。

3.11以来、私たちの中には、不安や、どうしたらいいのか、どこへ行ったらいいのかわからない怯えのようなものが常にある。が、それを我々はなんとなく何処かへ押しやり、忘れ、あるいは忘れたふりをし、日々の生活に紛れ込ませている。ところが、この作品は、そんな不安を不安のままに放り出してくる。そして、私が私であるとはどういうことなのか、人が人であるとはどういうことなのか、を疑問まみれのまま突きつけてくる。

いがらしみきおは、これからどこへ行くのだろう。そういえば、「I」を読んだ時も、同じように思ったものだったなあ。
2015/10/26