163 東えりか 集英社
副題は「原発不明がん、百六十日の記録」。
東えりかは書評家である。「本の雑誌」でなじみがある人だ。彼女の夫がある日、突然の激しい腹痛に襲われた。病院であらゆる検査をしても原因が特定できず、どんどん衰弱していく。入院して三か月後にようやくわかった病名は「原発不明がん」。しかも、その時点で余命は数週間と言われたのだ。
原発不明がんとはどんな病気なのか。発病、病名がわかるまでと治療の断念、最後の緩和ケアに至る日々の記録と医療関係者への取材をもとに書かれたノンフィクション。
「原発不明がん」。柄本明の妻でもあった東京乾電池の看板女優、角替和枝が同じ病気で亡くなっているのと、美術評論家の山田五郎が現在闘病中であることを知っている。とても心配している。
がんは最初に発生した臓器に対応した特徴を持っている。例えば肝臓にがんが見つかったとしても、最初に胃から生まれたがんに対しては胃がんの治療が選択される。逆に言うと原発部位を特定しない限り治療方針は決められない。が、まれに原発がわからない場合がある。転移先のがんだけが大きくなり、原発がんが画像検査で見つからなかったり、何らかの理由で消えてしまったケースである。これが原発不明がんである。この場合、がん組織を採取して病理検査によって原発部位を推定していくしかないのだが、この診断は非常に専門性が高く、特殊な検査方法が必要なことも多くて専門施設でなければ診断ができない場合が多い。
そのため①病名確定までに時間がかかることが多く②担当医が適切な治療方針を選択できないケースが多く③医師ですら正確な情報を得る方法や相談先がわからず④患者はどこの専門病院、診療科を受診すべきか、あるいはセカンドオピニオンの相談先もわからず⑤自分の病気を対象とした先進治療、臨床実験や治験、ゲノム医療がどこで行われているかもわからない‥‥ということになる。まさに、この本で書かれていたのがそれである。
がんという病気は治療法も進み、持病として付き合いながら人生を送る人も増えてきた。そう思っていた。だが、やはり一筋縄ではいかない病気であるらしい。最初にどこで発生したのかがわからないと治療もできず、ただただ対処療法だけに頼って様態を悪化させてしまう。亡くなった方は、なんとスポーツジムでいつも通りのやや激しめの筋トレなどに励んで帰宅する途上でいきなり腹痛に襲われ、そこからあっという間に悪化したという。予兆すらなかったのである。実際には若干痩せ始めていた、ということはあったらしいが、気に留めるほどですらなかったということだ。
折悪しくコロナ禍中の闘病であった。感染予防のため、家族とまともに面会ができず、また、年末年始は病院の人手が足りず、そこで容態が悪化もした。私が今年初めに母を見送った際にも同じできごとがあった。年越しに加え、インフルエンザが猛威をふるい、一切の面会が閉ざされた。仕方ないことなのかもしれないが、患者やその家族にとってはつらいつらい事態であった。
本書のように、あまり知られていない原発不明がん、希少がんなどについての克明な記録が発表されることは、今後発病するであろう患者や、医学界、病院関係者に大きな意味を持つだろうし、何も知らなかった私たちにとっても大事な知識を与えてくれる。それとともに、今、こうして無事に日々を送れていることを、私たちはもっと大事にありがたく思い、明日、何があろうと、いまできるだけのことをしっかりとやり遂げていくしかない、と改めて気が付かせてもらえるのである。
様々な思いを乗り越えて、ご自分とご夫君のつらい日々を冷静に一冊の本にまとめられた作者に心からの敬意を表したい。どうか作者の今後の人生が実り多きものでありますように。
