おそめ

おそめ

2021年7月24日

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伝説の銀座マダムおそめ」石井妙子 新潮文庫

「東京プカプカ」で中野翠が面白いと言っていた本。京都と東京にバーを持ち、飛行機で行ったり来たりして「空飛ぶマダム」と呼ばれていた人の物語。「夜の蝶」という小説のモデルにもなったという。

京都の人だが、小学校を卒業して新橋で芸者修行をし、15歳で京都で芸者となるとすぐ売れっ子に。19歳で松竹芸能の創始者の弟に落籍されるが、22歳で後に映画プロデューサーとなる俊藤浩滋と恋仲になり、妊娠、同棲。出産後、カフェの女給となるとあっという間に大人気になり、半年後には自分の店を持ったのが「おそめ」の始まり。京都の店に足繁く通うようになった文人、作家たちが東京にも店を出すといいと勧めて銀座に出店することになったという。

おそめさんは色白でびっくりするくらいきれいで、控えめで気が効いて、物欲がなく、金払いが潔くてお酒が強くて大好きだったという。バーのマダムになるために生まれたような人かもしれない。

他の銀座の一流バーのマダムからはずいぶんと嫌われたらしい。文壇バーのマダムは作家先生のあらゆる本を読み、新聞を読み、文学、政治、経済を語り、一流のものを身につけてきらびやかに身を飾り、ホステスを厳しくしつけたという。でも、おそめは活字は読まないし、ただ静かに微笑んでいるだけで、宝石類は一切身につけず、ホステスたちも叱ったことがなかったという。そんなおそめに文壇、経済界の大物や政治家たちは惚れ込み、店に通いつめたという。

生涯添い遂げた俊藤浩滋は結構な食わせ物のオトコで、70歳をすぎるまで正妻は別にいたし、他にも子供を作っていた。おそめの稼ぎで好きなことをし、借金を広げ、しかし何故か中年過ぎてから映画プロデューサーとして成功するという不思議な人だった。この人、富司純子のお父さんでもある。

作者はひょんな事で知り合った老後のおそめに惚れ込み、何年も取材に通ってこの本を書いたという。確かに調べこんだだけはある文章だ。面白くて一気に読めてしまった。

おそめは男性にとっては理想の女性なんだろうとは思う。何をやっても優しく微笑んで受け入れてくれて、いつも尽くしてくれて、楽しくお酒を飲ませてくれて、お金の価値なんて全然気にしないで、他人様のために使うときはパッと使っちゃうし、物も欲しがらない。だけど、だからこそ、最後には店はダメになったし、同業者からは嫌われてしまった。添い遂げたオトコにだって、いいように吸い尽くされただけなのかもしれない。本人はそれでも幸せだったらしいけど。

なんだかなあ、と何処かで思う。私には、できない。

2014/8/9