104 川内有緒 集英社
約一年ぶりの川内有緒である。この人のノンフィクションばかり読んできたので、エッセイは初めてだ。良いノンフィクションを書く人なのだが、その根底にはこういう日常があり、こういう歴史があったのだと分かる。良いエッセイである。
子どもの頃、彼女の自宅の眼の前に本屋があって、通い詰め、少し大きくなってからは店番まで手伝ったという。いいなあ。天国のような環境だ。彼女はこの本屋で「うる星やつら」にハマった。ハマりすぎて友達と「うる星やつら」の演劇を行い、アニメ雑誌の編集長をやっている近所の大人の新年会で披露した。中学生になってからは、オリジナルの映画を作り、それをその編集長にみてもらったりした。その編集長とは、後のジブリの名プロデューサー鈴木敏夫氏である。
「うる星やつら」の隅々にまで宿っている大いなるスピリットを、彼女はこう語っている。
それは、人間はもともと「変」で、誰ひとりとして同じ人はいないということだ。
マイノリティとか「多様性」とか、そんな言葉もメッセージもない昭和の時代、「うる星やつら」は、性別や生まれ、神様と妖怪、宇宙と地球の境目さえも大胆にまたぎながら、全ての「ヘンな人」を肯定し、既存の「普通」や「常識」、「当たり前」を否定し続けた。誰もがその人のままでいい。世の普通とは違うかもしれないけれど、「ヘン」と「ヘン」を集めてもっと変になれば、世界はもっと優しくなる。
(引用は「エレベーターのボタンを全部押さないでください」川内有緒 より)
そうだったのか!私は、川内有緒に教えられた。あのハチャメチャな「うる星やつら」は、たしかにあらゆるものへの等しき愛情があった。変でもいい、そのまんまで大好きだっちゃ、ということか。
川内有緒の妹サチコは茶色いランドセルを選んだ。柔軟な母は、本人が選んだものを持つのが一番いいと考えた。当時、まだランドセルは、女子は赤、男子は黒が定番だった時代のことである。公立小学校に入学した彼女は「うんこまんがきた!」と男子にからかわれ続けた。だが、彼女は負けなかった。「お前がうんこまんだ!」と言い返し、茶色いランドセルを背負い続けた。給食の時間に校内放送で「うんこのできるまで」(佐藤守 作・絵)という絵本を朗読までした。途中で放送は打ち切られてしまったそうだが。
良い母だったのだなあ。私は、自分の子ども時代を思い返してしまった。ここからは、本を離れて自分語りに入る。いや、ちょっと失礼。
小4頃まで、私はおねしょをする子だった。小2まで福岡にいたのだが、東京に転校した、そのあたりから始まったような記憶がある。今思うと精神的なストレスが原因だったのかもしれない。母は静かに「おねしょしないようにしなさい」と言った。それから「おねしょしていることは絶対誰にも言ってはダメ。」とも言った。姉にも箝口令を敷いていたように思う。しないようにしなさいと言われたって、それができたら最初からしてないよね。おねしょはしばらく続いた。叱られることはなかったが、ただ「そろそろやめなさい」と言われ続けた。私は、おねしょをやめることができない、そしてそれは人に知られるととても恥ずかしいダメなことなのだと思い知らされた。
それから、ぎょう虫検査で引っかかってしまったことがある。姉は大丈夫だったのに、なんで私だけが、と母は困ったように言った。それから、電車に乗って少し離れた駅まで行ってそこの薬屋でぎょう虫の薬を買って、飲まされた。「ぎょう虫検査に引っかかったことは、誰にも言ってはダメ。嫌われちゃうからね。」そして、姉にも箝口令を敷いたはずだ。
私はおねしょをやめることができず、ぎょう虫検査に引っかかるダメな子であった。本当の私の姿を知られたら、私は誰からも嫌われる。そう強く心に刷り込まれた。この思いは、随分と長く私を支配したと思う。私は人と違う変な子であり、それがバレたら終わりだ、といつも私は思っていた。本当のことを言うのが怖かった。だけど、すぐになんでも本当のことをぺらぺらとしゃべりたい子でもあった。今思うと子ども時代の私の心は引き裂かれていた。でも、それが普通で日常で、当たり前だとも思っていた。友達ともたくさん遊んだし、毎日楽しいこともあったと思うけれど、振り返って子ども時代をあんまり懐かしく思えないのは、根底にこういう感覚があるからかもしれない。
別におねしょやぎょう虫検査のことを吹聴して回りたかったわけではない。でも、隠さなければならないほど悪いことがある、と教えられながら、それを叱るでもなく、やめろ、隠せ、とだけ言われ続けた当時の私を私は不憫に思う。河内家のお母さんなら、もっと違う対応をしただろうとつい思わずにはいられない。まあ、そんなわけで、私は自分自身の子どもになにか困ったことがあっても、なんとかなるさ、そのまんまでもあなたのことが大好きだから、心配するな、という気持ちを持ち、実際に言葉にするようにはなった。ついでにいうと、結局のところ、私は変な人であって、それは隠すこともできないから、変な人のままでいいよねという開き直りも、親の教えにもかかわらずいつの間にか独自に行っていた。
話がどんどんズレてしまった。逆に言うと、そのように自分の内面に立ち戻っていきたくなるほどに、彼女のエッセイは心のどこかに響くものがあったのだ。ノンフィクション作品があれほど個性的かつ興味深いものばかりであるのも、彼女のこの健やかな精神が基本にあるからだろう。読んで良かった。
