ロシア点描 まちかどから見るプーチン帝国の素顔

ロシア点描 まちかどから見るプーチン帝国の素顔

2022年12月10日

152 小泉悠 PHP

筆者はロシア科学アカデミー世界経済国際研究所研究員としてロシアに在留したこともある、ロシア軍事・安全保障政策の専門家である。ロシアがどんな国であるかを理解する一助となるために、ロシアに暮らす人々、その住まい、地下空間や街並み、食生活に国際関係、そして権力について書かれている。と言っても重い本ではなく、薄くてあっという間に読める、いわばエッセイ集のようなものでもある。

印象深かったのは、ロシア人はロシア人を信用しない、という話である。身内以外の人間をとにかく信用しない。その割には親しくなると、どこまでも親切にし、面倒見もよくなる。社会のシステムや制度などは一切信用しないで(結局うまくいくためしがない、という経験学習が行われている)身近な人間関係に依存していろいろなことを助け合って解決する。結果として賄賂が横行することにもなる。

ロシア人は不用意に笑顔を見せることを嫌う、という。これは覚えがある。神保町にあるロシア料理店に友人と行ったことがある。とてもおいしい店なのだが、ロシア人であるらしきそこの女主人はにこりともしないで注文を取り、仏頂面で料理を出す。なにか失礼なことをしてしまったのかな、などと不安になるが、そんなことはない。ただ、彼女は、必要もないのに笑顔を見せない、それだけなのである。イギリス旅行にアエロフロートで行って、帰路、思わぬロシア滞在を喰らったことのあるその友人のロシア経験の話は非常に興味深かった。やはり、誰も笑顔を見せはせず、とても恐ろしかったという。

街の様子であるが、様々な施設にはKGB専用の秘密の部屋があり、盗聴は当たり前、そしてそれを隠すことすらされなかったという。逆に、そのようにどこへ行っても見張られているということを明らかにすることで、誰もが当局に逆らうような言動をうかうかとできない状況が作られたのだ。そういえば、エストニアに旅行した時に、ロシア支配の話をガイドさんからいろいろと聞いた。ロシアは本当に脅威だったのだな、とつくづく思ったものである。

ロシアの国土は日本の45倍の広さであるが、人口は一億四千四百万人程度に過ぎない。GDPは日本の三分の一以下。であるのに、ロシアはアメリカと対峙する「大国」であるようにふるまっている。国連安保理常任理事国であること、国土が広大であること、世界最大級の核戦力を保有していること、そして何よりも自国を「大国」であると強く信じ、それを周囲に認めさせようという強い意思の力があるからだと筆者は言う。

プーチンは他国が大国として一目置くべきかどうかを値踏みしている、という。2017年には「ドイツは主権国家ではない」と発言している。外国に安全保障を依存するような国は同盟の盟主から主権を制限された状態にある、というのである。いわんや日本をや。安倍氏はプーチンと「親友」となって北方領土問題を解決できると勘違いしたようだが、そもそもプーチンは日本を主権国家とは認めていなかった。日本はアメリカに逆らうこともできない国なのだから、そんな相手とまともな約束ができるわけがないではないか、というわけである。

この本は、最後にプーチンの末路についても書いている。権力の座から降りるや否や、どんな目に遭わされるとも限らない彼は、もう逃げ場もない。なので、なりふり構わずこの難局を打破しようとするだろう、というのである。

これが書かれたのは今年の三月なのであるが。今後の展開を思うと、どうにも気が重く、不安でならない。これからどうなるのだろう。ただただ、平和を祈ることしか、私たちにはできないのだけれど。

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サワキ

読書と旅とお笑いが好き。読んだ本の感想や紹介を中心に、日々の出来事なども、時々書いていきます。

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