舞台

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2021年7月24日

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「舞台」西加奈子 講談社

この作者は、「さくら」「ごはんぐるり」」を読んだことがある。でも、そのことは忘れていて、じゃあなんで読んだかというと、少し前の「オードリーのオールナイトニッポン」を春日がフィンスイミングの大会出場で欠席していて、代わりに西加奈子が来て若林と話が盛り上がっているのを聞いたからだ。西加奈子は、すごくフレンドリーに若林と話をしていて、人見知りのはずの若林も実にリラックスしていた。西加奈子は若林の恋愛事情に、結構強めに突っ込んだりしていて、でも、その根底には深い思いやりみたいなものが感じられて、いいやつだなあ、と思えた。それで、この人の作品を読んでみたくなったのだ。

で、どうだったかというと。この「舞台」はいわば太宰治の「人間失格」の現代版みたいなもので、何しろ主人公が「葉太」というのだから、確信犯だ。自意識過剰の若者が、生まれて初めてニューヨークに一人旅をして、すぐに財産一式をパスポート含めて掏られちゃうのだが、それがあまりにかっこ悪くて、一週間くらいは領事館にも届けないで警察にも言わないで、「どうせ出てこないし、俺、そのまま無一文で暮らしたんだぜ」風に振る舞いたくて、歯を食いしばって、過ごす話だ。

この自意識過剰が、作品中に溢れ出ているのが、おばさんは読んでいて、恥ずかしくてうっとおしくて、おいおい、なんとかしてくれよーと思わずにはいられなかった。たぶん、若い頃なら結構な共感をもって読んだんじゃないかと思うと、思えば遠くへ来たもんだ・・・と遠い目をする以外に道はない、ってなもんだ。

「舞台」というのは、もう、我々には「ありのまま」なんてものはなくて、誰だっていつだって何かを演じていて、正解を求めているんだ、という意味合いのこもった題名だ。その中で、どう振る舞うか、どう生きていくか、は結構大きな命題・・なのだが。

それがねー。といきなり思っちゃう私はおばちゃんである。もう、正解なんて、どうだっていいの。ありのままとかもどうでもいい。人にどう見られるかとか、どう取られるか、どう評価されるか、だって、ほとんどどうでも良くなっちゃった。大事なのは、私が、私自身が、あるいは私の大事に思う人達が、気持ちいいか、楽なのか、幸せなのか。そこさえクリアしてたら、それ以外の人に対しては、カッコ悪かろうが、馬鹿にされようが、蔑まれようが、あんまり意味はなくて、そんなふうに見た目かっこいいことを求める必要性なんて殆ど感じなくて。舞台なんて降りちゃったのか、それとも乗っていても気にしないのか。

こんなおばちゃんが読んでも、感じるところは少ない小説・・・というか、ああ、若いときはそうだったかも・・・なんてただただ思う、新鮮さを失ったおばちゃんである自分をしみじみ感じてしまう一冊なのだった。

若いって、たいへん。

2016/9/26