102 中島京子 集英社
「ムーンライト・イン」に続く中島京子である。中島京子はいい。日常を何気なく描いても、そこに大事なものがきちんと散りばめられている。
アメリカでの結婚生活にピリオドを打って帰国した主人公、沙希。認知症で施設入所した叔父の持ち家にとりあえず住まわせてもらう。そこは東京都下、沙希がかつて通った女子大近くのうらはぐさ地区であった。
このうらはぐさ地区というのが。分かる人には分かるのだが、私には分かる。(なんて文章だ!)地名こそ変えてはあるが、実はかつて私が住んでいた地域なのだ。この物語の舞台となる女子大も、流鏑馬が行われる神社も、暗渠の上にできた曲がりくねった遊歩道も、昔ながらの居心地の良い商店街も、踏切で渋滞の起きる私鉄も、近くにある大きな人気のある街も、全部「ああ、あそこだ」とわかる。都内にしては住み心地の良い、そしてそこに住む人達の多くが気持ちの良い人たちで、学校も図書館も素晴らしい街なのである。だからとても他人事の物語とは思えなかった。
とはいえ、この街を知らない人にも十分良い話である。女子大で教え始めた沙希のところに来るおかしな敬語を喋るマーシーという女子学生の可愛らしさ、ずっと引きこもりをやっていたという秋葉原さんの飄々とした人間性、彼を支える妻、刺し子姫のキリリとした姿。商店街の区画整理で、どこにでもあるチェーン店だらけの街にしたくないと願う街の人達の願いや、自分の父親は実は狼男であったという秋葉原さんの告白や、突然現れる沙希のかつての米国人夫。どれもがしみじみと大事なことをおしえてくれる。
毎日の生活の中で、ごちゃごちゃに起きる出来事が、少しずつ関連性を持ち、人に影響を与え、皆をつなげていくような。世の中は複雑だけれど暖かく、捨てたもんじゃないという気持ちになれる物語であった。
