13 藤見よいこ リイド社 トーチコミックス
父親がフランス人のハーフ、米山和美マンダンダ。日本の戸籍制度にはミドルネームがないので、親は苦肉の策で名前の後ろにミドルネームをぶっ込んだ。容貌だけでも目立つ上に、名前に「マンダンダ」がつく。ただの田舎の事務員になった弟の優太マンダンダは家裁に二回通って名前から「マンダンダ」を取ったと報告してくる。複雑な思いになる和美マンダンダである。この作品には、子ども時代の思い出だけではない現在進行形の様々なハーフならではのエピソードが描かれる。親友だと思っている相手にも、どうしても言えない本当の気持ちがある。同じような境遇のハーフ仲間と会って、飲みながら語る、喚く、笑う。仲間たちにも様々なエピソードがある。様々に苦悩し、ごまかし、折り合いをつける努力をしている。マンダンダだけでない、多様なケースが章ごとに描かれていく。
かつて中国残留孤児の子どもを追ったノンフィクションを読んだことがある。中国で生まれ育ったが、親は実は日本人であった。そして、家族は日本に「帰国」する。だが、そこは中国生まれの彼女にとって自分の国ではない。かと言って、生まれ育った中国もまたすでに故郷ではない。本当は日本人であったはずの親とはまた違った感慨で彼らは生きる。その複雑さ。それと似た物語である。そのほかにも、日本で生きていくということを自ら選んだ親とはまた違って、日本で生まれ、日本しか知らないのに、容姿容貌だけは外国人のハーフの話もある。日本が好きなのね、日本が上手なのね、と話しかけられて曖昧に笑う。親には心配をかけまいとするが、学校や社会で常に引っかかる。それを、気にしない、笑い飛ばすという方法で乗り越えようとしても、心は騙せない。
こんな気持ち、知らなかったと私は思う。きっと本当にはわからない、とも思う。足をくじいて松葉杖をついて、それがそんなにも大変なことだと初めて気づいたように。体験して初めて知ることってたくさんある。
電子書籍なんて我慢ならない、紙じゃなきゃ、と言っていた私は、障害がある人がどんなに電子書籍に助けられているか全く知らなかった。そんなふうに、私には想像力が足りない。そういうことが数えきれないほどこの世にはある。ハーフと呼ばれる人たちの日常にどんな事が起きるのか、なんとなくわかっているつもりで何も知らなかった私。わかったふりなどできっこない。それでも、少しでも分かりたいと願うしかない。本当にはわからないということも、忘れたくない。
転勤族の子どもで転校ばかりしていた私はいつも教室の異分子だったし、よそ者だった。今もなんのゆかりもない土地で移住者として生きている。生まれたときからずっと同じ土地に住み、親同士が子ども時代からの友達だったりするような人に、私のような根無し草の気持ちはわかるまい、と思う。でもそれは、私の内面の問題である。素知らぬ顔をしていれば、誰も何も気が付かない。ぜんぜん違うんだよなあ。
色んな人がいるのが世の中だ。生まれた場所、肌の色、話す言葉。違っていても、人はみんな同じように笑い、泣き、怒り、喜ぶ。旅に出る度に、人に親切にしてもらい、助けられ、この世は信じるに値すると思う。この気持ち。これを私は大事に握っていたい。本当にわかるとは思わないけれど、私は私なりのこの世の握りしめ方を、このマンガで教わったことも含めて大事に育てていきたい。
