107 内澤旬子 山と渓谷社
新刊が出たら即買いの作家の一人、内澤旬子。これは、「カヨと私 小豆島でヤギと暮らす」と一部内容がかぶるが、ほぼその続編だと思っていい。彼女は今、小豆島でネコとイノシシとヤギと暮らしている。もともとは銀座のバーニーズ・ニューヨークで男友達のスーツを見立てたりするほどスタイリッシュな人だったのに、今では泥まみれになってヤギの餌になる葉や枝を集め、蔓を食べさせるためだけにさつまいもを栽培し、オーツ麦をふさふさに育てたいと奮闘している。
除草するよりはヤギを飼って草を食べさせたほうが楽、という発想から始まったはずのヤギ飼いなのに、彼らの餌を探して奔走し、除草のための機器を集め、住処を苦労して作り、いまやヤギのために生きている。それどころか「私はヤギになりたい」とまで言う。(ちなみにこの題名は「私は貝になりたい」のもじりだけど、元ネタを知っている人が今時どれだけいるのだろう…。)
ヤギは人間の言葉がわかる。ヤギにも人間関係ならぬ、ヤギ関係がある。上下関係だけでなく、交際中とかラブラブとか、暴君とか。そして、人間への信頼感もそれぞれに微妙に違う感覚で育つ。だが、動物と暮らす以上、調教は絶対に必要である。叩いて脅して力づくで命令通りにさせるのではなく、ヤギ自身に「そうしてもいいよ」と思わせるべく仕向けていく調教が良い、と彼女は言う。その一方で「あなたを支配管理するのは私という人間ですから」という強い意思も彼らに発しておかないといけない。どんなに彼らが自由を欲しても、畑の作物を食べたり庭木を食べたりしてはいけないし、近隣に迷惑をかけてはいけない。移動に引き綱も必要である。家畜保健衛生所に登録して飼育基準も守らねばならない。
けれどやっぱり、ヤギが本当のところはどうしたいのかが、彼女は気になってしまう。できる限りは彼らが欲するように心地よく生きてほしいと思ってしまう。その矛盾の在り方が、この本を興味深く、また味わい深くしているように思う。