24 アンデシュ・ハンセン 新潮新書
ADHDとは、集中力を保てず、すぐに気が散って指示通りに何かやるのが苦手で、人の話が聞けず、整理整頓ができず、じっと座っていられなくて、頻繁に相手の話を遮り、自分の順番を待てず、そわそわして常にスイッチがオンの状態にあり、絶えず刺激を必要として、貧乏ゆすりや物をいじったりする…ような特性である。
これ、私だな、と思う。というか、誰にでもその傾向はあって、そのグラデーションが濃いか薄いかだけなんだそうだ、私たち誰でも。近年、ADHDの診断数が急激に増えているが、それは、ADHDの概念が広まったこともあるし、グレーゾーンの人間がみな診断を受ける側に入りつつあるからだという。背景には治療薬ビジネスも見え隠れする。
ADHDは障碍であって困った問題であるかというと必ずしもそうではない。そもそもADHD的傾向がこれだけ人類の中にみられるのは、それが生命維持に何らかの役割を担っていたからこそ、その遺伝子が受け継がれ、生き残ってきたわけだ。例えばサバンナで食料を探す二人組がいたとして、一人は集中力が高く、食糧確保に集中していても、もう一人は気が散りやすく、ちょっと物音がしたり、風が吹いただけでそこに気が行ってしまう。とすると、その人がいた方が、実は獲物は見つかりやすいし、危険も回避できるというわけだ。
ADHDの人はドーパミン受容体が違った働き方をしたり、そもそも受容体の数自体が少ないことが多い。ドーパミンのレベルが低いと退屈を感じやすく、だから、より刺激的なものを求めてしまう。
というようなことがいろいろ書かれている本である。自分の中に多分にADHD的要素を見つけている私にとっては、自分への解説が書かれた本であるかのように感じられる。集中力がないくせに、時に超集中してしまうのは、意識を他に移すだけのドーパミンがないからなんだそうだ。脳の報酬系が働かないからこそ、いつまでも同じものに集中してしまう、ということらしい。なるほどねー。
私が同じことの繰り返しに日常に飽きて、何度も何度も旅に出るのも、ドーパミンの受容体が少ないせいなのかもしれない。そうだったのか。
