彼女は頭が悪いから

彼女は頭が悪いから

2021年7月24日

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「彼女は頭が悪いから」姫野カオルコ 文藝春秋

うううう・・・。読まなければよかったか。しばらく考えてしまう本だった。

東大生が集団で一人の女子大生にわいせつ行為を行って逮捕された事件の話。彼らが、どんな経緯で東大に入り、どんな生活を送っていたか、被害者の女子大生がどんな風にその場面に至るまで過ごしてきたか、が描かれている。

東大生である加害者たちのアイデンティティは「東大生であること」により形作られている。何をしていても、「東大生がそれをする」ことになる人達だ。「いちおう、東大です」と言うエクスタシー。それに対して、被害者の女子大生は、あまりに素朴で普通の女の子である。

昨日、このブログに書いた「愛なき世界」は良かったなあ。あれも実は東大がモデルの物語だ。でも、主人公の洋食屋見習いは、「高卒で調理師専門学校を出た後、洋食店に勤める若者」じゃなくて、「美味しいものを作り、食べる人に喜んでもらうことに情熱を持ち、見せてもらった植物の細胞の美しさに驚き、興味を持ち、植物に熱中する女性の一生懸命さに心打たれ、そして好きになる若者」でしかない。ヒロインも「有名私大で生物学を学んだのち、学歴ロンダリングのため東大大学院に入った植物学研究者の才媛」なんかじゃなくて、「シロイヌナズナの葉っぱが好きで好きでたまらなくて、それ以外のものは結局どうでもいいと思うほどにシロイヌナズナの葉っぱに愛を注ぎ、研究に没頭する若者」でしかない。ぜんぜん違う。

私は東大生ではなかったのだけれど、それでも、通っている大学の名前をひけらかすだけで、いくらでもついてくる女子がいる、と得意そうに言う同級生男子はいた。大学の名前だけでついてくる女子が、本当にあなたという人間を理解したり好きになったりしていると思うのか、と尋ねると、そりゃもう不愉快そうに、だからこの大学の女子はかわいくないんだ、と言われたものだ。でも、本当に私は不思議。大学名だけで選ばれて、あなたは本当にその人といることに幸せを感じる?と問うと、そんなことはどうでもいい、ただ、やらせてくれさえすれば、というようなことを吐き捨てるように言われて、心底、嫌な気分になったものだったっけ。

まあ、まさしく、そんなことはどうでもいい。その頃の、嫌な気分が蘇ったと言うか、賢い、偏差値が高い、だから将来、お金が手に入りやすいぞ、ということが、あたかも特権階級にいるかのように、他の人よりも偉くなったかのように思うとしたら、そりゃあ違うよね、と改めて思うわけだが。

実際には、そういう嫌なやつばかりな訳ではない。ちゃんと真摯に学問に向き合い、あるいは何かを知りたい、極めたいと思い、他者を尊重し、理解しあい、わかり合いたいと思う人間のほうがたくさんいる。一括りにされちゃたまらんよ。そんなやつもいれば、こんな人もいる。それだけだ。

だけど、こういう、この物語に出てくるような学歴信奉主義者も世の中には大勢いて、そういう人間にへつらい、ぶら下がる人間もまた、大勢いる。だから嫌な事件が起こる。学歴だけじゃなくて、性別や国籍や職業や、それこそ様々なくくりで、上にいるとされる者が、下にいるとされる者になんら想像力を働かせず、愚弄したり嘲笑ったりすること、そうすることが許されていると思いこむことは、絶えてなくならない。おそらく、永遠にそういう事は起き続ける。

そんな風に思ったら、がっくりと嫌な気分になってしまって。ああ、読まなきゃよかったかな、と思った。
2019/3/19