眼述記

眼述記

125 高倉美恵 忘羊社

『全身まひになった夫が文字盤で最初に示したのは「さわるな」の4文字だった。』が副題である。

これは、おおむねダメな感じで生きてきた人間が、夫が全身マヒになるという大事件に遭遇し、人間的に成長し困難を乗り越えた、とかいう話ではない、とあとがきに書いてある。思ってもみない出来事の連続に、その都度ダメなりに何とかやってきた記録だという。当時51歳だった夫に起きたことはものすごく過酷なことで、その心中は絶望しかないが、だからといってそばにいる家族全員がずっと絶望しているワケにはいかない、と作者は言う。だから、高一と中一の子どもたちのために、とにかく明るく楽しげにしている、という一点突破を狙った。そのへらへら加減が夫の絶望を深くしたこともあったかもしれないが、大人には自分の機嫌は自分で取ってもらいたい、と断言してある。

一方、夫は夫できっぱりと自己主張する。副題の通り、一切の自己表現ができない状態から初めて意思疎通が可能になって「さわるな」といったのはすごい。回復のために必死で施していたマッサージのせいで、栄養剤が逆流して嘔吐し、誤嚥する危険性を訴えていたのだ。妻である作者と長男の二人で良かれと思って施したマッサージに夫は「二人がかりで殺される」とまで恐怖していたのだ。

病院でのリハビリを経て、夫の自宅介護が始まる。施設入所など考えもしていなかったのだが、思った以上にものすごく大変だと念を押された。作者は、病院でにリハビリ中にスタッフに交じってあらゆる介護動作を学び、自宅の環境を整え、様々な福祉支援を申請し、自宅介護を開始した。そして、もう十年近くその生活が続いている。

夫がどんなに悔しいだろう、絶望しているだろうと作者は想像もするし、できる限りの苦痛を取り除くために常にそばにいて意思確認をし、新聞を読み上げたり朗読音源を準備したり、映画館にまで一緒に行ったりもする。だが、その一方でむかっ腹も立てる。だが、彼女は「書く人」である。新聞記者だった夫の同僚に勧められ、「いつかこの経験を書く人になろう」と考える。そして、連載が始まる。その連載の監修を行ったのが介護される夫である。適切かつ冷酷な監修である。テキトーなことを書くなと妻に指摘してピリピリされた、などと平然と述べている。

つくづくとあっぱれな夫婦である。介護される側のはっきりした自己主張と誇り。介護する側のきっぱりとした姿勢とそれを裏付ける思いやり。してもらう側、される側ではない、堂々たる対等な夫婦の関係性に圧倒される。そして、決して忘れない明るさとユーモア。

これから老齢に向かう我々夫婦にとってこれは良い教科書である。が、私たちにはここまでできそうにないな、とも思う。やっぱりプロの手を大幅に借り、病院や施設のお世話になることを検討するしかないんじゃないか。でも、声が出せなくても、動けなくても、常に意思表示を行い、それを受け止めてくれる人がいるかいないかは、人間として生きるための計り知れないほどの重要な部分である。そこを、作者夫婦は手放さない。それが、すごい。頭が下がる。

勇気と覚悟を貰えるような本であった。