「アバウト・タイム 愛おしい時間について」「ドリーム」「スリービルボード」(香港旅行の機内で見た映画について)

「アバウト・タイム 愛おしい時間について」「ドリーム」「スリービルボード」(香港旅行の機内で見た映画について)

2021年7月24日

香港行きの飛行機の中でニ本、帰りの飛行機で一本、映画を見ました。あらかじめ書いておきますが、がっつりネタバレがありますので、これから「アバウト・タイム 愛おしい時間について」「ドリーム」「スリービルボード」を見る人は、読まないようにしてください。

行きの最初に見たのは「アバウト・タイム 愛おしい時間について」です。これは、イギリスが舞台のアメリカ映画。とある一族の男子にだけ、願った時にいつでもタイムスリップできるという能力が代々受け継がれている。タンスとかトイレの中などに一人でこもって、拳を握って、戻りたい時間のことを考える。それだけで戻っちゃう。そんなおちゃらけた設定です。

主人公は、シャイで言いたいことも上手に言えないような男の子ですが、この能力を生かして、何度も同じシチュエーションをやり直して、恋や、人との関わりをなんとかうまく行かせます。でも、どうしてもこの能力だけでは乗り越えられないこともあって・・・。

代々、この一族の男だけ、ってところがずるいと思いますが、だからといって、それによってそんなに大きなことは全く起こらないし、結局、周囲の女性たちのほうが強くおおらかに生きていたりする様子も描かれています。男は永遠の少年なのさ、みたいな感じ。ちょっとした特技の範囲なんですね、この能力は。というわけで、お気楽に楽しめる映画ではあったのですが、次に見た映画といろんな対比をしてしまいました。

次に見た映画は「ドリーム」です。

アメリカがソ連と熾烈な宇宙開発競争をしていた頃、NASAの研究所でロケット打ち上げのために必要不可欠な計算を担う優秀な黒人女性たちがいました。中でも天才的なキャサリンは、誰もできなかった重要な計算を次々とクリアし、宇宙特別研究本部のメンバーに選ばれるのですが、そこは成果を男性職員に横取りされ、白人女性からは嫌がらせを受けるという劣悪な環境。本部のデスクから、遠い別の棟にある黒人専用のトイレまで行かねばならず、雨が降り出してびしょ濡れになり、戻れば、いったいどこへ行っていたのだ、重要な計算をすぐにやってほしかったのに、君はいつも一日に何回も姿を消す!!と怒鳴られ。

その他にも何人かの優秀な黒人女性たちが、理不尽な目に合わせられながらも、実力をみがき、徐々に認められ、最後には、彼女たちの力もあったからこそ、ロケットが打ち上げられる・・・。

なんだか感動してしまいました。すごい能力をもつ主人公が、黒人であるということと、女性であるということ、2つのハンデ(!)を持ちながら、誇りを忘れず、自分を信じ、努力し、認められていくのです。アメリカンドリームだな、と思いました。

思いましたが、つまりは、黒人で女性であっても、優秀なら認められていくのだ、努力すればのし上がれるのだ、という教訓は、優秀でもなく、努力するすべも知らない人間には、やっぱり辛いものがあるよのう、とも、どこかで思っている私。差別を乗り越えるのは、他者より優秀であることでしか、なし得ないのだとしたら、それはどうなのだろう、という気持ちも密かに生まれます。

だとしても、彼女たちの頑張りは気持ち良いし、それが認められていくストーリーにはカタルシスがあります。振り返って、「アバウト・タイム 愛おしい時間について」を思い返すと、あの映画には、白人しか出てこない。しかも、主人公は内気な青年ではあるけれど、資格を取って弁護士事務所に勤めます。広い庭のある大きな実家。明るく温かい家族。彼がハンデだと思っている、弱気で、女の子とうまく話せない性格なんて、「ドリーム」からみたら、ハンデでもなんでもありません。しかも、それすらタイムトリップでなんとかしちゃうなんて。なんて脳天気なんだ、あいつらは。

なんて思っていたら、帰りの機内での「スリービルボード」に私は打ちのめされました。

映画のリストを見ていたら「コメディ」というジャンルに入っていたんですよ。そう、「コメディ」ってあったんです。キャセイは、この映画をコメディに分類していた。疲れていた私は、お気楽に笑える映画でも見たいな、と思って、これを選んじゃったんです。キャセイ、何してくれるねん。

娘をレイプされた上に焼き殺された主人公の中年女性ミルドレッドは、大きな道路沿いの大広告板を三枚(スリービルボード)借りて、「娘はレイプされて焼き殺された」「未だに犯人が捕まらない」「どうして、ウィロビー署長?」と大きく表示します。警察に犯人を捕まえろ、と公開要求するんです。

町の人達は、警察と、署長のウィロビーを敬愛しているので、名指しで批判するこの広告に怒り、ミルドレッドは様々な嫌がらせを受けます。一方、ウィロビー署長は実は末期がんで、事件の捜査をうまく進行できないうちに病状は悪化します。でも、この人、いい人ではあるのよ。

ミルドレッドに同情し、なんとか援助しようとする人もいる、署長も自分のできることを成し遂げようとする。ここから救いが生まれるのか?と思うと、思わぬどんでん返しが起きて、事態はさらに悪くなっていきます。このどんでん返しは何度も繰り返されていきます。

「コメディ」という分類をまだ信じていた私は、いつどんでん返しで笑えるのか、いつ面白くなるのか、と固唾を呑んで見ているのですが、期待に反して毎回、事態は想像を遥かに超えて悪い方へと転がっていきます。救いの神になるのか?と思えるような人物(ピーター・ディンクレイジ・・小人症の役者です)の登場に期待しますが、酷い目に会うし、心が通じ合うこともない。

署長が死に、新しくやってきたのは黒人の署長。黒人差別の厳しいこの地に来て、淡々と仕事をする彼にも、私はついつい期待します。さあ、良い方向へ向かうのか?彼は、ミルドレッドを追い込む劣等生の白人警官ジェイソンをクビにしたりもしますが、それが良い方向へ進むわけでもない。そして、このだめだめジェイソンが、自分の生き方に疑問を持ち、何かを変えようとするのだけれど、そして、これが解決への大きなきっかけか?と思わせられますが・・・。そして、ミルドレッドとジェイソンは、思いがけなく手を結ぶのですが、そこからどうする、というところで、あらまあ、あなた、この映画ってば。そのままエンディングになだれ込みます。ええええ!そんな終わり?

ここにはなんの救いもありません。あえて言うのなら、わずかに芽生えた人と人とのつながり、自分への僅かな疑問と、何か変わろうとする意思。ただ、それが実を結ぶかどうかは、また別問題なのです。

私が一番打ちのめされたのは、劣等生の白人警官、ジェイソンです。白人の彼は、意味もなく黒人を見下していて、黒人の新署長にクビにされます。亡くなった前所長のことは、異常なまでにも慕っている。さらに、マザコンでもある。誰かを信じたり、愛したりはすることはできるのだけれど、黒人というだけで切り捨てるし、親愛なる署長に楯突く人間は、頭ごなしに、まるきりハナから許さない。理屈じゃないし、自分で物を考えようともしない。害をなすもの、悪いもの、はあらかじめ彼の中で規定され、ランクづけられています。

その彼が、ある種の改心をして、自分なりに頑張るエピソードがあるのですが、それも打ち砕かれる。彼の行動にも実は意味があり、成果ともなりえるのですが、それが彼にはわからない。なぜか。彼が、馬鹿だからです。賢くないからです。能力がないからです。知識がなく、学び、考える習慣がない人間が、敬愛する人物が批判されたというそれだけの理由で他者を憎み、感情だけに突き動かされて迫害を加えるのです。そして、自分が白人として生まれたという、ただそれだけの一点に寄って立って、黒人のくせに上司だなどという新参者を頭ごなしに軽蔑し、否定し、それを疑いもしません。だが、その黒人は、能力と地位と権力によって彼をクビにします。わずかに彼が何事かに気づき、真実に近づこうとしても、結局、それは無駄になります。そして、その意味を彼は永遠に理解できない・・・のかもしれないのです。

救いがどこにもないなあ、とがっくり疲れました。でも、これがアメリカの現実なんだろうとも思います。以前に「ヤバイ社会学」という本で、シカゴの極貧地区の黒人ギャングの話を読みました。警察は、その極貧地域でどんなひどい犯罪が起きても、来てはくれない。黒人と白人は、永遠にわかり合ったり融和することはない、とギャングや彼の支配下にある人々は「知って」いるのです。黒人の賢い子たちは学校の先生に勧められ、大学まで苦労して進学していくけれど、結局、就職先では自分より無能な白人に先を越され、出世できません。けれど、ギャングの一味になれば、そういう賢い黒人達はトップに立って、黒人ギャングたちの経済活動を統括していけるのです。だから、永遠に、彼らは融和していけない・・・。

賢い黒人と、賢くない白人。能力のあるものと、そうでないもの。学び、考えることを否定し、感情だけで生きる愚かな人間。その現実が、対比が、最も厳しい、残虐なかたちで、この映画に描かれています。

何がコメディよ。こんな映画、見たくなかった。私はもう、ヘトヘトに疲れてしまって、この映画を見てしまったことを、心から後悔しました。ひどい映画だ!!「ドリーム」に洗われた私の心を返してよ!!

でも、時がたって、思い返して、また、こうしてこのように、映画のことを書いていて、気が付きました。ものすごく、私は打ちのめされ、かき乱され、絶望し、落ち込まされた。そして、それを忘れられずにいる。何度も何度も取り出して、反芻してしまっている。本当のアメリカって、きっとこうなんだ、現実ってこういうものなんだ。それをきっちり描いちゃったんだ。反知性主義がはびこり、トランプや安倍が政権を取っている現実が、重なって見えても来ます。

もしかしたら、やっぱり「スリービルボード」は優れた映画なのかもしれません。だとしても、エネルギーが十分ある時に、見たほうがいい映画であることは確かです。少なくとも、旅疲れの機内で見るべき映画じゃなかったわね。
2018/3/2